北朝鮮の核開発を止めるための軍事オプションを検討するのはトランプ政権が初めてではない。1994年、北朝鮮は寧辺にある原子炉から核燃料棒を取り出して核兵器開発を大きく進めようとしていた。これに対し、クリントン政権は北朝鮮の核施設に対する軍事攻撃を真剣に検討した。結果的には、カーター元大統領が電撃訪朝して金日成主席との間で妥協が成立し、同年10月に米朝枠組み合意が成ったことによって軍事オプションは沙汰やみとなった。しかし、交渉が決裂して北が核燃料棒をとり出していたとしても、米政府は寧辺攻撃に踏み切れなかったというのがもっぱらの見方だ。クリントン以降の米政権も、その後米朝合意に違反して核兵器開発を進めた北朝鮮を攻撃することは今日までなかった。
当時、北朝鮮の核施設を破壊し、北朝鮮の核開発を大幅に遅らせることだけを考えれば米軍の攻撃立案はそれほどむずかしいことではなかった。だが、攻撃を受けた北朝鮮が黙って引き下がる保証はない。米側は核関連施設への限定攻撃のつもりでも、北朝鮮はそれを全面攻撃の始まりと受け止めるかもしれない。やられたまま反撃しなければ金王朝は威信を失って体制崩壊につながると恐れたり、パニックに陥って自暴自棄になったりする可能性もある。そうなれば、北がソウルや在韓米軍基地への攻撃に打って出ないと考える方がむずかしかった。
もちろん、北朝鮮が反撃したところで、最終的に――しかも比較的短期間の間に――米韓側が圧勝することは間違いない。しかし、問題は「勝ち負け」とは別のところにあった。「損害の絶対量」である。
北朝鮮はソウルから50㎞も離れていない非武装地帯(DMZ)付近に1万基以上の火砲と毎時50万発を発射可能なロケット砲2500基を配備している。それらの多くは自走式で地下に格納されているものもあり、米軍といえども北の核施設に対する攻撃に先駆けてそのすべてを叩くことは不可能だ。いかなる形であれ、米韓が北朝鮮に軍事攻撃を加えれば、緒戦の数時間から数日の間に韓国の人口の約4割が北の攻撃にさらされ、少なくとも十万人単位で一般市民に犠牲が出る可能性がある。在韓米軍や韓国軍に対しても耐えられないほどの被害が出ると予想された。
オシラク原子炉を空爆した時、イラクと国境を接していないイスラエルはイラク軍の報復攻撃をほとんど心配しなくてすんだ。(湾岸戦争の際にイスラエルはイラクのスカッド・ミサイルによる攻撃を受けたが、核弾頭でないために被害は限定的であった。)イラク戦争の開戦前も、テロ攻撃を別にすればイラク軍が米本土を攻撃する可能性はほぼ無視できた。(フセインを倒した後のイラクで多くの米兵が犠牲となる事態は想定されていなかった。)一方で、北朝鮮はイラクのフセインが決して持たなかった「地の利」を早い段階に手に入れた。朝鮮戦争の後、軍事力でも経済力でもはっきり劣勢にある北朝鮮を米韓が攻撃しなかった(できなかった)最大の理由もそこにある。
北朝鮮が核開発を進めることは許せないが、だからと言って数十万、最悪の場合は百万人以上の韓国市民と相当数の米軍兵士の生命を奪う引き金を引いてよいのか――。この問いにイエスと答えられる米国大統領はまずいない。もちろん、韓国政府も反対するであろう。
この構図は今日も基本的に変わっていない。いや、状況はむしろ悪化していると考えるべきだ。
北朝鮮はその後も着々とミサイルの開発・配備を進め、今や日本列島を射程に収めるミサイルを数百基配備するに至った。去る3月6日に北朝鮮が行ったミサイル発射も、北朝鮮側は「在日米軍基地を攻撃する」ための実験だったと主張している。二十数年前、北朝鮮を軍事攻撃した場合に想定すべき損害は、基本的に韓国及び在韓米軍に対するものだった。今日では、日本(及び在日米軍)に対する攻撃も十分にありえる。
ミサイル弾頭化にはまだ成功していない模様だが、北朝鮮が核兵器を保有していることは間違いない。戦争の際にそれが朝鮮半島で使われたり、テロリストの手に渡ったりするリスクも無視できない。