中国側は一貫して、船舶数、トン数、火力のすべての面で海警、漁政や人民解放軍の艦船を増強してきた。これに対抗するため、日本側も近年――特に2010年9月の中国漁船侵入事件以降は――、海保や海上自衛隊の能力と態勢の強化に努めるようになった。中国の動きが止まらない以上、日本政府は今後も対応を続けることになる。
対応策は物量面にとどまらない。海保と自衛隊の共同訓練や合同演習を活発化させることも当然検討されよう。米国が同意すれば、日米同盟の枠組みを使い、中国政府へ今まで以上に強い警告を発することもできる。昨年6月、海自と米海軍は沖縄東海岸沖でインド海軍を加えた共同訓練を実施した。日米が東シナ海で行う演習や訓練の頻度も上がっていくだろう。
ただし、これらの対抗措置は一種の牽制であり、中国が挑発行動を激化させる「速度」を幾分遅くする効果しか期待できない。中国が我が国の尖閣領有に挑戦することを諦めることはない。将来、中国側が前回述べたようなレッドラインを超える行為に出れば、日本は「尖閣の実効支配を強化する」という文脈で対抗措置を考えざるをえなくなるだろう。
まず考えられるのは、尖閣周辺の日本領海内で海保に中国漁船の取り締まらせることである。2010年9月のように中国漁船が日本領海内で漁に及べば、これまでも海保は漁業法違反で中国漁船を取り締まってきた。現在は、中国漁船が領海を侵犯しても、漁を行わなければ海保は領海から出るよう促すにとどめている。だが、相手が漁に及ばなくても海保が中国漁船に乗船し、職務質問や検査を行うことも、やろうと思えばまったく不可能なわけではない。
もっと積極的な対抗措置は、日本政府が尖閣諸島に物理的に手を加えることだ。尖閣諸島付近の日本領海内で海警に中国漁船の取り締まりなど法執行活動を取らせるなど、中国が尖閣実効支配のデモンストレーションを行うのであれば、日本はもっと直接的な方法で尖閣諸島に対する実効支配を強める必要がある、というわけである。その場合は、皮肉にも韓国が竹島でやってきたことが参考になる。例えば、港湾やヘリパッドの建設、海保や警察の駐在、政治家や公務員による上陸、観光事業の開始などが挙げられる。
ただし、日本政府がこうしたワンランク上の対抗措置に出るのであれば、日中の衝突は不可避と覚悟しなければならない。尖閣付近の領海内で中国漁船を取り締まると言っても、実際に海保が事に及ぼうとすれば、今日の状況下では漁船のすぐ近傍にいるであろう中国公船が黙って見ている可能性は低い。同様に、もしも日本政府が魚釣島にヘリパッドを建設しようとすれば、中国側は日本側が建築資材や人員を島に運び込むのを邪魔しようとするかもしれない。いずれの場合も、海保と中国公船(海警・漁政)が直接対峙し、衝突することは避けられない。海保と中国公船は、放水をしたり、船をぶつけたりするほか、警告射撃だけでなく実弾銃撃に及ぶ可能性も十分にある。火力の強化や船舶の大型化に伴い、日中のどちらかまたは双方に犠牲が出ると考える方が自然だ。
衝突がそこで終わる保証もない。現場海域に集結する海保や海警の背後では、海上、海中、空中から自衛隊と人民解放軍が警戒監視活動を行っている。海保と海警という警察機関同士が衝突した時、日中の指導者のいずれかは軍隊(自衛隊又は人民解放軍)を前面に出すことを考えるかもしれない。そうなれば、相手方の指導者も対抗上、同様の命令を下すことになるだろう。
世界第2位と第3位の経済大国、第2位と第8位の軍事大国(軍事支出ベース、Sipri調べ)である中国と日本が軍事衝突すれば、両国のみならず世界全体に大きなダメージをもたらす。人的被害はもちろん、年間3千億ドル(30兆円以上)の貿易は少なくとも一時的には停止され、10兆円を超える日本企業の対中投資も当然傷つく。世界の投資家が日中の金融市場から資金を引き揚げることは言うまでもない。欧米市場も連鎖的に売り込まれよう。
こうした冷厳な事実により、日中の指導者はお互いに戦争に踏み切ることはない、というのがこれまで世間一般の常識であった。私も人一倍そう信じてきた。日中が戦うことはない、という見立ては今も維持しているが、尖閣をめぐって日中が何らかの衝突を起こさないと断言することはもはやできない。
第一の理由はシンプルだ。尖閣諸島周辺の日本領海に入る中国公船の数が増え、その滞在時間が延びるほど、日中の海上警察当局(海保と海警・漁政)が至近距離で対峙する機会は増えてきている。その結果、偶発的なものも含めて両者が衝突する可能性も当然に上がった。海保と海警の背後にいる自衛隊と中国軍についても同じことが言える。
第二に、そしてより根本的なことには、両国の指導者の判断に影響を与える「計算式」が変わり、双方とも「現状維持が望ましいとは限らない」と考え始めている可能性がある。
これまで長い間、中国は遠く離れた尖閣周辺に海警等の監視船や軍の艦船を派遣し、継続的に滞在させることができなかった。日本の尖閣領有と実効支配に挑戦しようと願ってもそれを実行する能力がない以上は、下手にちょっかいを出すよりも静かにしておく、つまり現状維持の方が中国側には概して都合がよかった。だが、驚異的な経済成長を背景にして軍の近代化を進めてきた結果、今日の中国は尖閣周辺で海上警察や軍のプレゼンスを常時示すことのできる能力を手に入れた。今や、中国の指導部には自制(現状維持)のほか、自らの実効支配の橋頭堡を築くという選択肢がある。しかも、2012年9月に日本政府が行った尖閣国有化により、中国側は領土問題で自らの立場が損なわれたと受け止めている。(その能力があるのに)中国公船等による侵犯行為をやめれば、指導部は日本政府による尖閣国有化を黙認したと国内から批判が出る可能性もある。
片や日本政府の方も、これまで当然ながら現状維持を望んできた。日本政府のみが尖閣諸島を実効支配している一方、中国側にはその能力がなかったのだから、突発的な事件が起きた際も事を荒立てず、静かに対処することが大局的には有利になる、と判断できた。だが最近は、激化する中国側の挑発に対して、「我慢」することの問題がますます大きくなっている。
過去、尖閣の領有権に対する中国側のダイレクトな挑戦は小規模かつ突発的、中国公船が関与することもなかった。2004年と2012年には中国人の活動家が魚釣島に不法上陸し、2010年9月には前述の通り中国漁船が領海を侵犯した。これに対し、日本政府は侵入者を逮捕し、法執行活動を通して実効支配の実をあげた。日本政府は侵入者を裁判にかけることなく釈放し、事件の収束を図ったが、こうした「静かな」対応は望ましくはなくても受け入れ可能なものと考えられた。しかし、昨年8月5日の事件は中国公船が尖閣周辺の日本領海内で法執行活動に及ぶ一歩手前の行為であり、その場合、日本が中国側の行為をも黙認することのマイナスは到底無視できないものとなろう。
第三に、今日の日中間には信頼関係が欠如したまま、「取引」や「協力」のインセンティブがほとんど働かなくなっている。日本政府は中国政府と協力しようとも、協力できるとも思っていない。中国の側も同様だ。かつて冷戦状態にあった米ソ間にも信頼関係などなかったが、両国はキューバ危機や軍備管理などの交渉を通じて部分的にではあっても「取引」できる関係がつくりあげた。今日の日中間にはそれすらない。
日中関係のむずかしさは、米中関係と比較すればより明白になる。近年の中国の行動に不満を募らせていることについては、米国も日本と変わらない。だが、米国には中国と取引する明確なインセンティブがあるし、両国は実際に取引を行ってきた。昨年、オバマ政権が進めた地球温暖化対策――トランプ大統領は先頃、その見直しを表明したばかりである――で米中がほぼ同時にパリ協定を批准したのはその良い例である。北朝鮮に対しても、中国はエネルギー供給の停止など米国の要求を(満額ではないが)時に受け入れてきた。中国のことを現行国際システムに対するチャレンジャーと位置付ける見方もあるが、実際には中国は現行国際システムの受益者という側面を多分に持っており、米国とあからさまに衝突することの不利は習近平政権でさえはっきり認識している。
偶然か必然か、安倍晋三と習近平というナショナリズムを体現した人物が同時期に日中を率いている。さらに、国力の長期低迷に苦しむ既存の大国と急速に膨張する新興の大国が、戦争の歴史問題を抱えたまま隣接している、という地政学的要因を考えれば、今日の日中関係の刺々しい状況が簡単に改善するとは期待できない。日中が衝突する下地は常に存在し続けよう。
もちろん、大局的に考えれば、日中が戦うことは百害あって一利なし、と言ってよいほどの愚行である。しかし、間違った思い込みや一時の感情に囚われて大局を失い、戦争に至った例は古今東西、枚挙に暇がない。次のセクションでは、日中が(軍事)衝突する可能性についてもう少し掘り下げてみたいと思う。