北朝鮮と米国がチキン・ゲームを繰り広げている。北朝鮮による挑発行動は今に始まったことではない。一方、トランプ政権も軍事オプションを前面に出すことで北朝鮮(と中国)に圧力をかけることが北の挑発的行動を抑制するのに有効と考えているか、それを試しているように見える。要人の発言からマスコミへのリーク、アフガニスタンにおける新型爆弾使用のデモンストレーションなど、あの手この手で緊張を煽り立てている。
しかし、米国の威嚇作戦で北朝鮮の核実験などを当面先延ばしすることができたとしても、北朝鮮指導部が核開発と体制維持は不可分という認識を変えない限り、その効果は一時的なものにとどまると考えざるをえない。チキン・ゲームの末、北が核実験やICBMの発射実験を強行した時、トランプ政権は振り上げた拳をどうやって降ろすつもりなのか? その見通しを持たずに圧力を弄んでいるのだとしたら相当に危うい。拳を振り下ろしたときに日韓が受ける影響はあまりに大きい。(話は横道にそれるが、我々が選んだのでもないトランプに判断を任せるのは願い下げだと言いたい。)
私は、金正恩やドナルド・トランプの行動予定を知る立場にも、北朝鮮の動向や米軍の配置状況を知る立場にもない。だが、北朝鮮とシリアでは安全保障環境がまったく異なることは常識として知っている。北の核施設などを攻撃するだけなら、シリアでやったように空母や潜水艦からトマホークを撃つなり、空爆するなりすればよい。しかし、米軍の攻撃に沈黙するしかないバッシャール・アル・アサドのシリアと違って、金正恩の北朝鮮は(正気の沙汰かどうかは別にして)報復としてソウルを文字通り火の海にし、日本にもミサイルを撃ち込む能力を持っている。つまり、米軍が北朝鮮を先制攻撃する場合は、シリアの時のように「ミサイルを撃って終わり」とはならず、地上戦を含めた全面戦争の準備が必要になる。米国にそこまでの動員準備はできていないだろう。
とは言え、韓国や日本のことは考えず、アメリカ・ファーストでチキン・ゲームに邁進しかねない、という怖れを抱かせるのがトランプ政権である。本当の準備は政府に任せるしかないが、我々も心の準備くらいはしておいた方がよいだろう。
以下は、米朝の軍事衝突が進んでいく段階を日本の安全保障法制上の対応と並べることにより、米朝軍事衝突が日本に与える影響をイメージ化しようとした解説である。なお、各フェーズはあくまで概念上の区分であり、実際にはフェーズ2からものの数時間でフェーズ4まで到達しても驚くにはあたらない。
<フェーズ1>
米朝の緊張が高まるが、実際の衝突には至らない段階。
米国は中国に北朝鮮への圧力を強めさせようとする一方、北朝鮮と取引のある中国などの企業、金融機関にペナルティを与えるなど、北朝鮮への制裁網を格段に広げる。あるいは朝鮮半島周辺で日韓などとの演習を拡大・強化したり、THAADの配備前倒しを含めて米軍の配置を強化したりする。従来と異なり、北朝鮮のミサイル発射実験を迎撃する――すべて成功するとは限らないが――ことも試みるかもしれない。
制裁が効果をあげた結果、北が大人しくなればよい。(金正恩以外の)皆がハッピーになる結末だ。しかし、その保証はどこにもない。追い込まれた北朝鮮が核実験やミサイルの実験を繰り返す可能性も決して低くない。体制維持の観点から本当に尻に火が点けば、軍事的に暴発する兆しを見せる可能性も出てくる。その時は、状況によって日本政府は「重要影響事態(旧・周辺事態)」を認定し、朝鮮半島を睨んで展開する米軍への後方支援活動を実施するようになる。
この段階で北が暴走すれば、フェーズ2を飛ばしていきなりフェーズ3に突入する事態も想定されうる。もっとも、北朝鮮側に先制攻撃の兆候が見られれば、米側は躊躇することなく自ら先制攻撃すると思われる。放っておいても北が先に攻撃してくるのであれば、韓国や日本にも開戦に反対する理由はない。
ここで考えるべきは中国の役割だ。中国は北朝鮮の体制が崩壊して緩衝国家が失われることを怖れている。北朝鮮に対する制裁が「効きすぎて」しまった結果、北の体制が自壊することも、北の暴発によって戦争となり、朝鮮半島全体がすっぽり米国の影響圏に入ってしまうことも、避けられるものなら何としても避けたいと考えるはずだ。中国はトランプ政権をなだめるために表向きは米国に協力しながら、裏では北の体制が倒れない程度に支援を続ける可能性が最も高い。その場合、フェーズ1のまま相当な時間が経過することになるかもしれない。
<フェーズ2>
米軍が北朝鮮の核施設等を先制攻撃する局面。
上記の制裁強化にもかかわらず、北朝鮮が核・ミサイル実験を続け、米本土を射程に入れる核ミサイルの実戦配備が避けられない状況となり、かつ、トランプ大統領が「北朝鮮の反撃によって韓国や日本が被害をうけても仕方がない」と考えるに至れば、米軍が北朝鮮の核施設等を先制攻撃するオプションが現実のものになる。
朝鮮半島の場合、1950年6月に始まった朝鮮戦争は1953年7月以降「休戦」状態にある。核・ミサイルの開発配備を休戦協定違反とみなせば、新たな国連安保理決議などがなくても北朝鮮攻撃の正当性を主張することは十分に可能だろう。
この場合、いずれかのタイミングで日本政府と韓国政府は米国が先制攻撃を行うことを知らされることになる。ソウルへの被害を怖れる韓国政府は米国の先制攻撃に強く反対する可能性が高い。日本政府も自国の被害想定によっては腰が引けるであろう。だが、米国の決意が揺るがなければ日韓に米国側に付く以外の選択肢はない。
それを受けて日本は「重要影響事態」を認定し、対米後方支援(補給、輸送等)、捜索救難活動、船舶検査活動等を行うことになる。本来なら重要影響事態は米軍の攻撃前から認定しておきたいところだが、作戦を極秘に運ぶために「重要影響事態」の認定を米軍の攻撃後まで待つよう米側は要請するかもしれない。
なお、北朝鮮軍の動向によっては、このフェーズ2の段階で「武力攻撃事態(個別的自衛権)」または「存立危機事態(集団的自衛権)」の認定が必要になる場合もありえる。その時は、米軍が北朝鮮を先制攻撃すれば北朝鮮による韓国や日本への反撃が不可避であることを強調し、「北朝鮮は極めて短時間で日本を攻撃できるミサイルを多数保有しており、種々のインテリジェンスによって攻撃の意図も十分推察できる」ことを理由に「実際の武力行使はまだでもその『着手』があった」とみなすのであろう。
この段階では、邦人や米国市民を韓国から退避させることも大きな課題になる。米国の先制攻撃の結果、ソウルが大規模な砲撃を受ける可能性がある以上、そして少なくとも初期段階においてそれを防ぐ手立てがない以上、日本政府も米国政府も自国民は逃がしておきたい。(韓国政府にとって問題はより切実である。)しかし、邦人や米国市民を退避させるということは北朝鮮に米の先制攻撃が近いと知らせることでもある。その結果、北朝鮮は米軍による先制攻撃を待たずにソウル攻撃(や日本攻撃)を行うという最悪の事態を誘発する可能性考えておかなければならない。(この問題一つをとってみても、米国による軍事オプションが「言うは易し、行うに難し」であることがわかる。)
<フェーズ3>
北朝鮮が反撃する局面。
米軍の先制攻撃に対し、北朝鮮が沈黙したままであれば、緊張が一定期間継続した後、重要影響事態等の認定が解除されることになる。最も望ましいケースと言ってもよいが、こうなる可能性は必ずしも高くない。
北朝鮮が反撃に出た場合でも、2010年10月のヨンピョンド(延坪島)砲撃事件程度の軍事行動であれば、韓国側が我慢することを条件に事態のエスカレーションは収まる可能性がある。
しかし、北朝鮮の反撃は大規模なものとなるかもしれない。第一の標的はソウルである。北がDMZ(非武装地帯)周辺に配備する火砲、ロケット砲が火を噴き、米韓軍の攻撃で無力化されるまでの間に数十万人規模以上の犠牲者を出す可能性がある。在韓米軍も同様に標的となる。
韓国及び在韓米軍が攻撃された場合、日本政府は存立危機事態を認定し、自衛隊は集団的自衛権行使の一環として武力を行使できるようになる。具体的には、ミサイル防衛、海空防衛、重要施設防護に従事するほか、戦闘地域を含め、米軍(及び韓国軍)への後方支援活動の任を負う。
第二の標的は日本及び在日米軍基地だ。この場合はスカッドやノドンが発射される。核弾頭ミサイルが配備されるようになれば、一発の着弾でも致命的な被害を受けるだろう。通常弾頭ミサイルであっても、最近の北朝鮮ミサイルの精度は上がっているのでかなりの被害が出ることを覚悟しておかなければならない。この場合は、武力攻撃事態が認定され、自衛隊は個別的自衛権行使の一環として武力を行使する。活動メニューは存立危機事態の時と基本的には変わらない。東京などが攻撃されれば、武力攻撃事態等を国会承認する手続きは当面後回しになる可能性もある。
北朝鮮のミサイルが届けば、という前提ではあるが、グアムや米本土も攻撃対象となりえる。この場合も存立危機事態が認定されることになる。
実際には、北朝鮮はこれらのすべてを同時に攻撃するかもしれない。仮に韓国のみを大々的に攻撃する場合でも、北朝鮮攻撃の重要な発進拠点である在日米軍基地はいつ攻撃されても不思議でない。存立危機事態と武力攻撃事態が並立して認定される可能性も十二分にある。
<フェーズ4>
米韓(日)と北朝鮮との全面戦争。
現実にはフェーズ3はフェーズ4の一部である。北朝鮮の反撃を米韓軍が黙って見ていることはない。米軍の先制攻撃は、当初の意図が核施設等に対する限定攻撃であったとしても、あまり時間を置くことなく全面戦争=第二次朝鮮戦争に突入する可能性が極めて高い。希望的観測としては、米韓の圧倒的な戦力の前に大規模戦闘は比較的短期間で終わり、日本へのミサイル攻撃も早期に終わると思いたいところだ。(とは言え、日本の都市部にミサイルが撃ち込まれれば死傷者が出ないはずはない。)
戦争の期間を通じ、武力攻撃事態や存立危機事態が基本的には継続することになる。現在の安保法制の下でも海外派兵の禁止は生きている。日本に対するミサイル攻撃がなかなか止まないなど、日本防衛上どうしても必要な場合を除き、自衛隊が半島で武力行使することは基本的に考えにくい。もちろん、韓国がそれを望むか、という問題もある。
中朝は条約上、今も同盟関係にある。だが、中国が北朝鮮を助けるために軍を派遣する可能性は極めて低いと思ってよかろう。トランプも習近平も米軍と中国軍が戦うことはまったく欲していないはずだ。
<フェーズ5>
戦闘が終了し、戦後処理に入った段階。
南北統一を含め、いかなる政体が成立するかについて今日は立ち入らない。イラクやアフガニスタンのように民族問題や宗教対立で内戦状態が勃発する可能性の低い一方、中国がどう出るかが最大の不確定要素となろう。
戦後、朝鮮半島で自衛隊が活動する場合は、「国際平和共同事態」が認定されるか、国連PKOの形をとるのであろう。この時期の最大の課題は、日本国内のミサイル被害からの復旧であり、大きな戦災を受けた韓国及び旧北朝鮮の再建だ。韓国政府が求めれば、経済援助に加え、自衛隊の派遣も当然検討されよう。
以上、完全に正確なものではないが、駆け足で米朝開戦と軍事衝突の進行、そして日本に対する影響をイメージ化してみた。北朝鮮の挑発行為と米国の軍事オプションが日本にとって対岸の火事でも他人事でもないことがわかってもらえたであろうか。