北朝鮮による核・ミサイルの開発・配備をやめさせようとし軍事オプションを検討すれば、米辱政府は以上のような厳しい現実に必ず直面する。トランプ政権になってもそのあたりの事情は何一つ変わらない。常識的に考えれば、トランプ大統領もこれまでの大統領と同じく、軍事オプションには踏み切れないだろう。だがこの政権については、北朝鮮の突きつける現実を過去の政権とは違ったレンズを通して眺めることになるかもしれない、という要素を考える必要がある。「軍事オプションはない」と言い切ることを躊躇するのはそのためだ。トランプ政権が見るかもしれない新しい現実とは何か?
「米本土も人質になる」のは時間の問題
一つは、近い将来、米本土が北朝鮮の核ミサイルによって攻撃される状態が現実のものになる、ということだ。
北朝鮮の核開発が始まったのは遅くともクリントン政権の時――実際はもっと前の可能性が高い――に遡る。以来、北朝鮮は核実験とミサイル発射実験を繰り返し、核弾頭の小型化とミサイルの射程拡大に努めてきた。そして今、米本土を射程に収める「核弾頭の大陸間弾道ミサイル(ICBM)」の配備が3年先とも5年先とも言われるところまで来た。
これまで、米本土が北朝鮮の核攻撃を受けるという事態は、あくまでも「将来の話」であり「仮定の話」であった。しかし、トランプ大統領が少なくとも一期四年の任期を全うすれば、それは「今、目の前にある真実」となる可能性が非常に高い。その時、米政府と米国民の心理状態にどのような化学変化が起こるのか、考えてみる必要がある。
米本土が他国の核ミサイルの射程に入ることは初めてではない。今日、ロシアや中国が米本土を射程に入れた核ミサイルを保有・配備していることは誰でも知っている。いくら北朝鮮が核ミサイルを米本土に撃ちこむ能力を身につけたとしても、北が実際に米国を核攻撃すれば、米国は圧倒的な核戦力で報復し、北朝鮮を文字通り地上から殲滅してしまうだろう。その意味で北朝鮮の核ミサイルは、配備されても使えない「張子の虎」にとどまる可能性が高い。では、米国にとって北の核ミサイルの射程に入ることは大した問題ではないのか? そうではない。
今日、米本土に核攻撃を仕掛ける現実的能力と潜在的動機を持つ国はロシアと中国であり、北朝鮮が加わろうとしている。(核保有国のうち、共にNATOに属す英仏とイスラエルは米国の同盟国。インド、パキスタンのミサイルは米本土に届かない。)
ロシアや中国について言えば、両国とも、米国に対して向こうから先に核を使ってくることはない、という意味での信頼は置いてよい。ロシアは、冷戦期のソ連以来、米ソ間の相互核抑止――どちらが先に核攻撃を加えても相手は核による報復が可能な「第二撃能力」を相互に持つため、米ソ双方が先制核使用を控えざるをえないという「恐怖の均衡」状態――に長年慣れ親しんでいる。米中間に相互核抑止が成立しているかについては議論があるが、米国を先制核攻撃すれば大量報復が待っていることは中国も十二分に承知している。さらに、プーチンも習近平も(少なくとも今のところ)権力基盤は確立しており、(西側の基準とまったく同じではないまでも)指揮命令系統を含め、少なくとも一定程度は近代化された軍隊を持っている。
北朝鮮は状況が少し違う。本来、国土の狭い北朝鮮は(潜水艦発射の核ミサイルを常時遠洋に配備できるようにでもならない限り)米国に対して核の第二撃能力を持つことが将来も含め、むずかしい。北朝鮮がロシアや中国並みに合理的な判断をする国なら、米国への先制核攻撃はあり得ないはずだ。しかし、この国は偏執狂的な独裁者に対する個人崇拝に染まり、数々の国際的合意や国連安保理決議に違反して核開発に邁進してきた。何かの事件をきっかけに孤独で偏執狂的な独裁者が不安にさいなまれた時、我々の常識では考えられない判断を下すことはないのか。あるいは、本質的に不安定な体制が大きく動揺し核のボタンの管理が混乱するような事態が起きた時、意図的にではなくても過誤によって核ミサイルが発射されることはないのか。不安を抱くな、という方が無理であろう。
不安だけでなく、自尊心の問題も出てくるかもしれない。今後は、世界一の大国である米国が貧しい後進の独裁国家から核の脅しを受けることになるのだ。米国政府及び米国民にとっては屈辱以外の何物でもあるまい。