9月30日、北京を訪問中のティラーソン米国務長官が北朝鮮との交渉に意欲を示したところ、トランプ大統領が即座にツィッターで北朝鮮との交渉を「時間の無駄」と述べて否定。両者が役割分担しながら北朝鮮を揺さぶっているというよりも、大統領と外交安全保障を担当する政府高官の間で北朝鮮政策のズレが解消していないように見える。これに対し、日本政府は安倍晋三総理を筆頭に圧力しか言わない。北朝鮮への対応を論じるに当たっては、日本にとって何が最も大切な目標なのか、優先順位を明確にすることが肝要である。その際、ポイントは「北朝鮮が日本列島を射程に含む核ミサイルを既に配備している可能性が高い」という不愉快な現実を直視すること。わが国では何故か、この死活的に重要な論点が正面から議論されていない。
北の核・ミサイル放棄は現実的目標にならない
日本にとって北朝鮮に関する戦略上の最優先課題は何か? 北朝鮮に核・ミサイルを放棄させることに決まっているではないか、と多くの人が答えるだろう。それが日本にとって最も望ましい目標であることは私も否定しない。しかし、建前ではなく現実を見据えた時、北朝鮮の核・ミサイル放棄は当面の国家戦略上、最優先目標たりえない。本ブログで何度も述べたとおり、近い将来、北朝鮮に核・ミサイルを放棄させることは、対話によってはもちろん、圧力をどんなに強化しても実現不可能である。
※ 米国が北朝鮮の核・ミサイル施設を攻撃すれば、少なくとも北の核・ミサイル開発を大幅に後退させることはできる。だが後述の通り、韓国、日本及び両国にいる米軍兵士と米国市民に大きな犠牲が予想されるため、よほどのことがない限り、軍事オプションは実行できない。
日本も北朝鮮の核ミサイルの射程に入った、という現実
我が国の安全保障にとって最も死活的な影響を与えるのは、日本列島に届く核ミサイルである。今日、北朝鮮は日本列島を射程に入れた核ミサイルを配備しているのか否か? 確たる情報はないが、推測するための材料はある。
日本列島を射程に入れるミサイルはノドン。西日本ならスカッド改でも届く。ロフテッド軌道で撃つことを考えればIRBM(中距離弾頭ミサイル)の火星12も該当する。北朝鮮はスカッドとノドンの開発・配備を1990年代に終え、その後、ミサイルの数を増やしてきた。今や日本を射程に入れるミサイルは600基を超えると考えられている。その相当数はTELと呼ばれる移動式発射台から打ち上げられるため、事前に位置を補足することは困難だ。
いくらミサイルはあっても、その弾頭が通常兵器であれば、犠牲者や被害は出ても戦略的観点からは致命的な脅威とは言えない。通常弾頭ミサイルが東京に撃ち込まれても、被害は基本的には命中したビルにいた人々にとどまると思ってよい。弾頭が化学兵器であっても、死傷者の数が桁違いに増えるとは必ずしも限らない。
※ 以上の評価はあくまでも戦略的観点からの分析である。通常兵器や化学兵器を搭載したミサイルの脅威を過小評価する意図はまったくない。
しかし、これが核弾頭となると話は一気に変わる。考えたくないことだが、東京に核ミサイルが撃ち込まれれば、確実に数十万人以上の犠牲者が出る。
問題は、北朝鮮がミサイルの核弾頭化に成功しているか。8月8日付ワシントン・ポスト紙は、米国防情報機関(DIA)が「北朝鮮は弾道ミサイルに搭載するために必要な核弾頭の小型化に既に成功している」という結論に至ったと伝えた。9月4日にはソン・ヨンム韓国国防相も「(北朝鮮が核弾頭を)ICBMに搭載できると判断している」と語っている。
そのうえで言えば、ノドンは射程が短い分、IRBMやICBM(大陸間弾道弾)よりも重い弾頭を搭載できるため、核弾頭搭載のハードルは比較的低い。大気圏再突入時の発熱問題もノドンはクリア済みだ。こうした情報を総合すれば、ノドンが核弾頭化されている可能性は、されていない可能性よりもずっと大きいと考えるほかない。
各種機関の予測では、東京や大阪といった大都市圏に核ミサイルが着弾すれば、現状のミサイル防衛を考慮しても、数十万人の死者と百万人を超える負傷者、数えきれない被爆者が出ると見られる。北朝鮮が同時多発発射を行った場合、通常弾頭ミサイルを囮として数発発射した後で核ミサイルを撃った場合、中距離弾道ミサイルに核弾頭を搭載してロフテッド軌道で撃った場合等では、ミサイル迎撃の確率は低下し、被害はさらに増える可能性がある。
これまで長い間、米国が北朝鮮に対して軍事オプションをとることができなかった最大の理由は「ソウルが人質にとられている」ことにあった。北朝鮮はソウルから50㎞程度しか離れていない非武装地帯(DMZ)付近に1万基以上の火砲と毎時50万発を発射できるロケット砲2,500基を配備している。米韓が北朝鮮に軍事攻撃を加えれば、緒戦の数時間から数日の間に韓国の人口の約4割が北の攻撃にさらされ、数十万人以上の犠牲は必至。1994年に北朝鮮の核開発が明らかになった際、クリントン政権が軍事オプションを検討しながらも断念したのはこのためだった。(このことは3月22日のポストに書いた。)
北朝鮮がノドン等の核弾頭化に成功していることが疑いなくなれば、米軍は今後、「ソウルも東京・大阪も人質に取られている」という前提で軍事戦略を練り直すことになるだろう。日本としても、米朝が軍事衝突しても「どうせ、やられるのは韓国だ」と対岸の火事を見るような構えでいることはできなくなる(なった)。
核攻撃を受けないこと、が最優先目標
北の核ミサイルが日本を攻撃可能な状態にあるという現実を受け入れた時、我が国の優先目標は「核・ミサイルの放棄」の前に「日本が核攻撃を受けないこと」が先に来なければならなくなる。
※ これは当面の目標についての話。中長期的には、北朝鮮の体制転換を通じた核・ミサイルの放棄を追及すべきである。
北朝鮮が日本に核ミサイルを撃ってくるのはどんな場合か? 米国の核抑止力が働いている以上、核ミサイルを保有しても北朝鮮の方からストレートにそれを使ってくる可能性は極めて低い。しかし、米国が核・ミサイル施設への外科手術的な攻撃に踏み切った場合や、米朝関係の緊張が極度に高まり、金正恩が強迫観念にかられて「米国による攻撃が目前に迫っている」と誤解した場合には、北朝鮮による核ミサイルの発射が現実のものになる可能性が出てくる。(9月10日及び11日のポストを参照頂きたい。)
もちろん、米朝が軍事衝突すれば北が日本を核攻撃すると100%決まっているわけではない。米が北朝鮮の核・ミサイル施設を攻撃しても、金正恩は全面戦争への恐怖から沈黙を守るかもしれないし、反撃を延坪島への砲撃くらいにとどめるかもしれない。もっと楽観的に考えれば、米国の攻撃によって体制が混乱し、金正恩が除去されたり、亡命に追い込まれたりする可能性もゼロではない。
しかし、核攻撃が現実のものになった時の被害は致命的に大きい。こうした「希望的観測」に基づいて軍事オプションを支持することは国家戦略として不適切である。
北朝鮮へのメッセージには細心の注意が必要
北の核攻撃を防ぐことが最優先目標であれば、米朝の軍事衝突は最大限避けなければならない。制裁など、行動面での圧力はかけ続けるべきだ。核・ミサイルの放棄にはつながらないまでも、北朝鮮を弱らせるのはよい。しかし、言葉のうえで不必要に金正恩を刺激した結果、北朝鮮の核・ミサイル開発を促進させたり、北朝鮮を心理的に追い込んで軍事的暴発を招いたりすることは避けるのが賢明と言うものだ。
※ 万一米朝開戦に至ったら、日本は北朝鮮の攻撃対象となるため、米国と一緒に戦う以外の選択肢を持たない。米朝軍事衝突を避けるべきことと開戦後の対応には一線を画すのが当然である。
対話の呼びかけには、オープンな言葉の応酬が度を越して北朝鮮を追い込みすぎ、軍事衝突に至るのを防ぐための「危機管理上の調整弁」の役割がある。日本ではトランプ大統領による露骨な金正恩批判のツィートばかりが注目を集めているが、北朝鮮に対する米国政府のメッセージは決して圧力一辺倒ではない。レックス・ティラーソン国務長官をはじめ、国務省サイドは「北朝鮮の体制転換を求めない」というメッセージを再三発し、圧力の中に対話の呼びかけをちりばめてきた。北朝鮮が手を出せば大規模攻撃を加えると強面で警告を発するジェイムズ・マティス国防長官でさえ、「我々の目標は外交的な解決だ」と付け加えることが多い。
これに対し、最近の日本政府は圧力をがなりたてるばかり。北が暴発したら最も被害を受けるのは日本かもしれないのに「標的にしてみろ」と言わんばかりだ。しかも、圧力の中身は、米国の虎の威を借りて中国に制裁強化を求める、言わば「他人の褌」路線。私に言わせれば、頼もしくも何ともない。
日本政府は、キャンキャン吠えることが勇敢だと思い違いした強硬論の愚を悟り、「節度ある圧力」の路線に転換すべきである。