敵基地攻撃論の薄っぺら②~敵基地攻撃の現実

一見、もっともらしく聞こえる敵基地攻撃能力保有論。しかし、実際問題として検討してみると、その有用性の低さに驚く。日本も核武装して北朝鮮のような国になるのでない限り、敵基地攻撃能力を新たに保有するメリットはほとんど気持ちの問題、というのが偽らざる感想だ。

敵基地攻撃能力保持論を実現しようとしたらどうなるのか、以下に駆け足で見ていこう。

 

憲法9条との関係

 最初に結論を言うと、憲法論は敵基地攻撃論の決定的な障害とはならない。ただし、憲法および国際法上の制約から、日本の好き勝手に攻撃を加えられるわけではない。

敵基地攻撃能力の保有が直ちに(現行の)憲法違反でないことは既に半世紀以上前の米ソ冷戦期に決着を見ている。すなわち、1956年(昭和31年)に鳩山一郎内閣は「誘導弾等の攻撃を受けて、これを防御するのに他の手段がない時、独立国として自衛権を持つ以上、座して死を待つべしというのが憲法の趣旨ではない」という政府見解を示した。ソ連のICBMによって日本が攻撃されるような事態となれば、ソ連のミサイル基地を叩くことは憲法上禁止されていない、ということである。その後も歴代内閣は、敵からミサイル攻撃を受けた後や攻撃意図が明示され、燃料注入その他の準備が確認されれば、日本に対する武力攻撃の「着手」があったとみなし、日本が武力行使することは法理上可能としてきた。ただし、周知のとおり、日本政府がソ連攻撃に必要な装備等を自衛隊に準備させることは今日までなかった。

※ 「着手」がある前の武力行使は憲法9条のみならず国際法上も禁止された「予防攻撃」にあたる。しかし、「着手」があれば日本が攻撃される前に相手を「先制攻撃」しても国際法違反にはならない。(国際法なので諸説はあるが、これが多数説と考えて間違いない。)この点、日本では国会を含めて「先制攻撃」と「予防攻撃」を混同した議論が見られる。

ただし、相手方に「武力攻撃の着手」が認められた場合であっても、憲法9条の下で我が国に可能な武力行使は、日本以外の他国が行ってよい武力行使よりも制限されたものになる。

まず、自衛隊が武力を行使できるのは、「武力行使以外に選択肢がない場合」に限られる。この点については「日本の防衛戦略では米軍が矛の役割を果たすことになっているから『他の手段』は常にあり、日本が敵地攻撃を行うことは憲法上、認められない」と言う人もいる。だが、前述のとおり、日本がミサイル攻撃を受けても米軍が反撃しない可能性は(現在も既にあるが)今後無視できないものとなりかねない。少なくともそのような場合は、敵基地攻撃以外に「他の選択肢がない」と主張できるものと思われる。

もう一つの憲法上の要請は、日本が行ってよい武力行使は「自衛のための必要最小限」にとどまるものでなければならない、ということだ。例えば、自衛隊が敵基地攻撃能力を保有することになっても、それを以って北朝鮮軍のミサイル基地以外を叩くことは憲法上認められない可能性が高い。(都市等の非戦闘員を攻撃することは、憲法上のみならず国際法上も問題があるので当然できない。)だが一方で、北朝鮮のミサイルが我が国に次々と飛来し、限られたミサイル防衛だけでは防ぎきれない時に北朝鮮のミサイル基地を攻撃することは――殊に、米軍が動かない場合は――「自衛のための必要最小限」と認められる可能性が高い。

※ 安倍総理と自民党は今、2020年までに憲法9条を改正すると言っている。「日本がミサイル攻撃を受け、米軍が北朝鮮を攻撃する場合であっても自衛隊が北朝鮮の領土内にある基地を攻撃してよいか、その時、ミサイル基地以外も叩いてよいか」等については、憲法改正とそれに伴う解釈変更の中身に大きく影響されることになる。

 

防衛・抑止効果

 敵基地攻撃能力は、持とうと思えば憲法上、持てないわけではない。制約があるとしても、憲法改正すれば乗り越えることはできるはずだ。その前提で言えば、我々が敵基地攻撃能力の保有を検討する際に最も問題にしなければならないのは、先に紹介した小野寺元防衛大臣の言い切った効果が期待できるのか否か――敵基地攻撃によって北朝鮮のミサイルを無力化できるのか否か――という点である。それが出来てはじめて、費用対効果など敵基地攻撃能力保有の是非を論じる価値がある、というものだ。

 北朝鮮に対する敵基地攻撃を実施する場合、攻撃手段として考えられる選択肢は三つ。航空兵力による空爆、トマホーク・ミサイル、弾頭ミサイルである。そのことを念頭に置きながら、実際に敵基地攻撃を行おうとしたときにどのような問題に直面するのか、考えてみたい。

 1)「標的の位置」の問題

 敵基地攻撃のターゲットは、ずばり、北朝鮮のミサイル基地である。1998年8月に北朝鮮東部から打ち上げられ、日本列島上空を縦断して三陸沖に落下したテポドン1号のイメージが強いせいだろうか、北朝鮮のミサイルと言えば、地上に設置された発射台に据え付けられ、液体燃料が注入され、しかる後に発射される、というイメージを持つ人も少なくないだろう。そうであれば、情報(偵察)衛星や無人機等で監視を続け、無線傍受等もあわせて北朝鮮にミサイル発射(日本攻撃)の兆候が見られたら攻撃するか、最悪でも日本がミサイル攻撃を受けた後に発射台を破壊することもまったく無理ではないだろう。しかし、現実は違う。

日本列島を射程に入れる北朝鮮のミサイルの多くは、TELと呼ばれる移動式車両――北朝鮮の軍事パレードでよく目にする、アレである――に搭載され、日頃は地下等に秘匿されながら移動している。いざ攻撃という段になると地上に現れ、準備を整えた後に――液体燃料で数十分から1時間程度、固体燃料なら10分以内とも言われる――ミサイルを発射する。この場合、ミサイル発射前に敵ミサイル基地(=TEL)の所在を衛星等で掴むことは事実上不可能だ。ミサイルが発射された後なら発射された場所の特定もある程度可能だが、それが反撃につながるわけではない。敵基地攻撃のため、トマホークの発射や航空機の出撃を命令するのはよいが、それが北朝鮮のミサイル基地(TEL)に到達するのに少なくとも30~40分はかかる。トマホークや戦闘機は弾道ミサイルほどの速度は出せないためである。その間に北朝鮮のTELは発射地点から当然、移動する。日本のトマホークは目標のいなくなった場所を爆撃し、空自の航空機は空しく引き返すというのでは、笑えない笑い話になってしまう。弾道ミサイルなら10分前後で着弾させられるが、それでもTELが移動することに変わりはない。

もちろん、ミサイル弾頭やTELの集積施設も敵基地攻撃の標的となりえる。だが、これらの所在についても、少なくとも全部はわかっていない。しかも、米軍による攻撃を恐れて地下要塞化されているため、自衛隊が獲得するであろう兵器の破壊力を以って有効な打撃を加えることは、まず期待できない。

※ 映像で見るイメージと異なり、トマホーク・ミサイルはこの種の攻撃を行うのに十分な破壊力を備えていない。今年4月、トランプ政権はシリアでアサド政権側の空軍基地に59発のトマホークを撃ちこんだ。しかし、同基地の滑走路はすぐに修復され、今も通常通りに活動を続けている。

 

2)「数」の問題

標的(ミサイル)の数も大きな問題となる。自衛隊の攻撃に対して北朝鮮が行う反撃に直結するためだ。

北朝鮮は数百――600基以上とも言われる――のミサイルを既に開発・配備している。米軍や韓国軍と一緒に総攻撃をかけるのならともかく、日本が保有する敵基地攻撃能力(トマホーク、航空機、弾頭ミサイルの数)は北朝鮮の保有するミサイル数に較べれば圧倒的に少ない。仮に北朝鮮のミサイルの位置情報が得られたとしても、叩ける数は知れている。日本が北朝鮮を攻撃してそのミサイル基地一部を破壊したとしても――それ自体が困難であることは既に述べた――、北朝鮮は残存する多数のミサイルで日本を悠々と攻撃できる。これでは有効な抑止にならないし、北朝鮮のさらなるミサイル攻撃を誘発するのでは防衛としての意味もほとんどない。

3)「核」の問題

より深刻なのは、近いうちに北朝鮮が日本を核ミサイルの射程に収めるであろうということだ。北朝鮮が日本に届く核ミサイルをいつ保有するようになるのか、確実なことは誰にもわからない。(もっと言えば、「今現在は大丈夫」と100%の確信を持って断言することすらできない。)一般論としては、ノドンやスカッド改といった日本を射程に入れるミサイルに核弾頭を搭載するためには、ICBMに搭載するよりもさらに小型化する必要がある。ただし、米国を射程に入れる核弾頭付きのICBMが数年から5年程度で開発されるという予測が正しければ、遅くともそれと同じタイミングで日本も北朝鮮の核ミサイルの射程に入ると覚悟しておかねばならない。ICBMをロフテッド軌道で打ち上げるか、液体燃料の量を調整すれば、日本列島を攻撃することは十分に可能だからである。

北朝鮮が日本に対して限定的なミサイル攻撃を行った(行おうとしている)として、日本が北朝鮮のミサイル基地を攻撃したとする。それに対する北朝鮮の反撃が核ミサイルであれば、日本の被る打撃は――ミサイル防衛には様々な意味で穴がある――文字通り「致命的」だ。それでも北朝鮮の限定的なミサイル攻撃に反応して敵地攻撃を行え、という議論はほとんど狂気の沙汰である。

 

兵器の調達先

 以上の検討の結果は、「撃つ前のミサイルを無力化するのが一番確実なミサイル防衛だ」という防衛大臣経験者の言葉がいかに空虚なものかを如実に物語っている。「それでも敵基地攻撃能力がどうしてもほしい」と駄々をこねる人たちは、必要な兵器をどうやって調達するのか、という問題も解決しなければならない。

トマホークであれ、航空兵力であれ、弾道ミサイルであれ、日本が上記のような攻撃能力を持とうというのであれば、必要な兵器を自力(または共同で)開発するか、他国から買う必要がある。韓国の弾道ミサイル開発がそうだったように、十年単位で時間をかけ、コストや財政も度外視してよいのなら、理屈の上では国産も一つの選択肢だ。しかし、今から国産で開発するのでは眼前にある北朝鮮の脅威に対応することはできない。

他国から購入する場合、候補先として真っ先にあがるのは米国である。だが、米国が日本にこの種の兵器を売るとは考えにくい。日本が国産開発に乗り出すか、他国(イスラエルやロシアなど)から買う、とブラフでもかけない限り、米国は様々な理由をつけて売却を断るだろう。なぜか?

第一に、米国は日本の敵基地攻撃能力を必要としていない。日本に敵基地攻撃能力を保有してもらわなくても、米国がその気になれば単独で北朝鮮を屈服させるのに十分な軍事力――核兵器を含む――は既にある。

第二に、日本の野心的な計画が東アジアの軍拡競争を促進し、地域の安全保障環境を悪化させることは米国にとって迷惑な話である。日本にとっては北朝鮮の脅威を念頭に置いた防御的兵器でも、他の周辺諸国――韓国、中国、ロシア、そして台湾――は日本の敵基地攻撃能力が自国に向けられるかもしれないと警戒する。また、日本が敵基地攻撃能力を新たに獲得することになれば、北朝鮮が黙って見ているとは限らない。

第三に、日本が敵基地攻撃能力を持てば、日本が北朝鮮の挑発に乗って攻撃を仕掛け、それに巻き込まれる形で在韓・在日米軍基地や韓国が北朝鮮の攻撃を受ける危険性が多少なりとも出てくる。これは米国にとってまったく余計なリスクだ。ナショナリズムや「攻勢への憧憬」に駆られた政治勢力の議論に付き合って日本の敵基地攻撃能力獲得に本気で手を貸そうとは思わないだろう。

日本がどうしても言うことを聞かず、仕方なく売却に同意する場合も、米国は火力(破壊力)に制限をつけ、運用面でも何かと注文をつけてくるに違いない。兵器の調達ができないか、調達できても不十分・不自由な兵器に甘んじるか、いずれにしてもお粗末な結果が待っている。

※ 韓国は1970年代以降、弾道ミサイルを開発・配備してきたが、米国はこれを快く思わず、一定の協力はしながらも様々な制約を課してきた。韓国が軍事的に暴走することを危惧したためだ。なお、朝鮮半島有事の際の作戦指揮権は米軍に移譲されることになっており、韓国の自由に使えるわけではない。そのような取り決めのない日本に対しては、米国がもっと厳しい姿勢で臨んできても不思議ではない。

 

 敵基地攻撃能力保有論は色あせた精神論にすぎない。では、日本はステージを一段登った北朝鮮の新しい脅威にどう対応すべきなのか――? そこまで論じないで本稿を終えるのはフェアではあるまい。それは次回で。ただし、胸のすくような答はない、ということだけは今の段階で断っておく。

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