前回、前々回を通じ、米国にとっての日本と中国、日米安保条約の解釈の幅、フォークランド紛争で見せた米国政府の対応を概観した。これらを踏まえながら、将来尖閣諸島をめぐって日中が衝突した場合の米国の対応について私の観察と予測をやや大胆に述べ、本シリーズをとりあえず終わりにする。
1. 有事の「起こり方」と米国
日中のいずれが先に武力を行使したのか、相手の武力行使を招くような行為はなかったか、武力行使は国家の意思に基づいて行われたのか、あるいは偶発的な事故を処理する過程で意図せずエスカレートした部分が大きいのか・・・。尖閣有事が起きた時に米国がどういう態度をとるかは、尖閣有事の「起こり方」に大きく左右される。
フォークランド紛争の場合もそうだったが、島嶼を実効支配している国(日本)に対し、実効支配していない国(中国)が軍事行動を行うというパターンが基本想定になることは確かである。ただし、中国軍がやってきて上陸作戦を敢行する、というフォークランド紛争型の単純明快な形で尖閣有事が始まる可能性はあまり高くない。4月7日の記事でありそうな「起こり方」についてバリエーションの幾つかを述べたので参照してほしい。
歴代米政権は「日米安保条約第5条は尖閣諸島をカバーする」ことを繰り返し確認してきた。だが万一、先に手を出したり緊張を煽ったりしたのが日本側であれば、安保条約の適用そのものも確実視すべきではない。フォークランド紛争が起きた時、米国に英国と戦う気はまったくなかった。第一次世界大戦が勃発した時のイタリアも、独墺と三国同盟を結んでいたものの、英仏と戦いたくはなかった。そのような場合に同盟相手の方が先に手を出したという事実があれば、絶好の「戦わない理由」にできる。
敢えて注意を促しておく。尖閣有事の原因を作るのは100%中国側である、と考えるのは思い込みに過ぎない。例えば、尖閣諸島を東京都で購入し、建物の構築や人の駐在を進めようとした石原慎太郎都知事(当時)は、その結果中国と戦争になっても構わないと考えていた。2012年9月に野田内閣が国有化に踏み切っていなければ、石原の妄想が実現する可能性は現実に存在した。米国は尖閣の日本領有までは認めていない。日本が緊張を一方的に煽った結果として軍事衝突が起きた場合、米国の支援をどの程度期待できるかはまったくの未知数だ。
2. 調停役、仲介役としての米国
尖閣有事で米国はどう動くか? 最も可能性が高いと思う予測は、米国はあからさまに日中のどちらかに立つことを避け、日中双方に対して調停者の役割を演じようとすることである。
日中間で有事が発生すれば、両国の経済規模、軍事的能力、地理的近接性等から考えて、フォークランド紛争とは比べものにならない甚大な悪影響が世界を襲う。米国が最優先に考えることはエスカレーションの防止=即時停戦であろう。本音で言えば、杓子定規に軍事介入もしたくないはず。米国としては同盟関係にある日本を見放すわけにはいかない。かと言って、中国と戦えば米軍の被害も相当なものになる。しかも、米国が軍事介入して尖閣有事が米中有事となれば、エスカレーションの最たるものだ。
そもそも、危機の原因は(米国に言わせれば)とるに足りない絶海の孤島である。そんな争いに米国が巻き込まれるなど、軍事的にも経済的にも迷惑至極であり、米国民にも説明がつかない――普通の米国大統領ならそう考えるはず。だとすれば、フォークランド紛争の際にレーガン政権がしたように、いやその時以上になりふり構わず、米国政府は日中双方に対して戦闘停止と緊張緩和を働きかけると推測する。
米国は調停者としての二つの交渉カードを使うことになるだろう。一つは米国自身による制裁措置。もう一つは尖閣の主権の行方だ。
介入と不介入
米国自身の制裁が最も有力なカードとなることは誰もが同意するに違いない。しかし、そのカードの切り方はとてもむずかしい。制裁によって紛争を鎮静化する作用も確かにあるが、逆に紛争を激化させる可能性もある。相手が中国という軍事的にも経済的にも強大な国である以上、米国が制裁に踏み切れば米軍兵士や米国経済が被る痛手もまた大きい。
私の予想が当たって尖閣有事(の少なくとも初期段階)で米国が日中の間で停戦の調停を試みることになった場合、米国は強力な対中制裁――敢えて言えば、4月14日の記事の後半で示したリストの上から4番目以降のイメージだろうか――の実行を控えざるをえまい。制裁に踏み切ることは、日中の調停を諦め、仲介役を降りることを意味するためだ。そこで米国は、自身の制裁をちらつかせることによって日中双方にエスカレーションを控えさせようとするのではないか。
米国としては、中国がよほど過激な行動に走らない限り、米軍が人民解放軍と直接戦う事態を避けたいと考えるはずである。だがもちろん、米国の軍事介入や強力な経済制裁をまったく心配しなくてよいのであれば、中国側は安心して戦闘をエスカレートさせかねない。仮に戦局が中国優位に進めば、「同盟国であるにもかかわらず、米国は日本の危機を傍観するのか」という声が上がることも確実だ。
半ば希望的観測を込めて私の予測を言おう。米国は軍事介入に踏み切るかどうかのレッドラインを「中国が日本の本土にミサイル攻撃を仕掛けること」に引き、そのことを中国に明確に告げるのではないか。戦域が尖閣周辺を越えて日本の本土にまで拡大した後も米国が中立姿勢を維持し続ければ、日本はもとより世界中の同盟国から信用を失ってしまう。事ここに至れば、米国の世論も中国に対して厳しくなっているはずだ。何より、嘉手納、佐世保、横須賀をはじめ、日本国内には米軍基地が存在している。中国が在日米軍基地をミサイルの標的からはずしたとしても、黙っていられるとは考えにくい。
戦局が日本優位に推移しても、米国としては中国が決定的に面子を失って日本をミサイル攻撃するような事態は何としても避けなければならない。米国は「同盟国を見捨てない」というシグナルを日本に送る一方で、日本政府が米国の軍事介入を当然あるものと信じ切って自ら戦闘をエスカレートさせることがないよう、細心の注意を払うだろう。日本が勇み立って応戦しようとすれば、米国は在日米軍を引き揚げるくらいの脅しをかけてきても驚くべきではない。
領土問題
米国が中国に停戦を働きかける時、鞭が軍事介入の脅しであるとすれば、飴は尖閣諸島の主権に関する妥協である。中国側が島嶼部の制圧に成功している場合はもちろんのこと、戦況が中国側にとって不利な状態のまま矛を収めさせる場合でも、米国は尖閣諸島の主権問題で中国に配慮する可能性がある。後者のケースでは、中国政府が対外的にも国内的にも面子を失わないようにしてやり、停戦に持ち込もうとするのだ。
具体的には例えば、尖閣諸島の主権問題を協議する枠組みの立ち上げ、尖閣諸島の帰属を棚上げにしたうえで日中共同開発を行うか逆に双方が立ち入りを禁止することの合意などが考えられる。言うまでもなく、今日尖閣諸島の全域を実効支配し、領土問題の存在そのものを認めていない日本にとっては、こうした提案は現状からの大幅な後退を意味する。だが、それで停戦が実現できるなら、米国政府が日本政府の面子の潰れることを気に留めることは、おそらくない。尖閣問題で日本が大幅に譲歩することにより、米軍の介入を控えることができるならその方が好都合、と考えるであろう。
フォークランド紛争の時はどうだったか? 米国はフォークランド諸島の主権と施政権に関して英国が柔軟に対応するよう強く求め、サッチャーは反発しつつも渋々受け入れに傾く場面もあった。米国の支援なしに戦争を継続することが不可能であることはわかっていたし、戦局が自国有利に逆転したことで余裕が生まれた面もあったのだろう。一方、ガルチェリの方は――当初は戦勝に沸いた強気のため、後半は戦局の不利に追い込まれて――満額回答でなければ軍部を含めた国内の反発を抑えられない状況に陥り、調停案の受け入れを最後まで拒んだ。尖閣有事でも、戦闘の形勢推移と日中両国の国内事情が米国による調停の成否を決めることになるだろう。
3. 本格的軍事介入は期待薄
先に述べたこととの重複を厭わずに言う。米国が軍事色の強い対日支援に動くことは、中国が日本の本土や在日米軍基地を攻撃するほど戦闘がエスカレートしない限り、まず期待できない。なぜ、そのように悲観的なのか?
表立った理由は、当事者のどちらか一方に強力に肩入れしながら米国が調停役を務めることはできない、ということになるだろう。しかし、米国が本格的な対日支援に動きたくない最大の理由は、世界最強の米軍とは言え、今の中国軍と戦えば相当な被害を覚悟せざるをえないことにある。米軍が中国軍と直接戦闘に入れば当たり前だが、米軍が自衛隊を目立った形で支援しても、中国にとっては米軍(基地)を攻撃すべき理由となりえる。
米軍が水面下で自衛隊を支援することも思うほど簡単ではない。フォークランド紛争において米国は、米軍基地の使用許可から軍事情報の提供まで、非公表ながら英国に対して相当な軍事支援を行った。しかし、30年以上前の米英協力は大西洋上の孤島(アセンション島)で行われたから表沙汰にならずにすんだ面が大きい。中国の偵察監視能力に触れるまでもなく、情報化が進み、人口密度の高い今日の日本で自衛隊が在日米軍基地を秘密裡に使うことなど限りなく不可能に近い。
米国が軍事介入を躊躇するもう一つの本質的な理由は、紛争の原因となるべき尖閣諸島に米国兵士の生命を賭ける価値が見出せないことだ。フォークランド諸島には2千人ほどの英国系住民が住み、英国守備隊も駐屯していた。にもかかわらず、レーガン政権がフォークランド諸島への米軍派遣を検討した形跡は皆無だ。無人の岩礁からなる尖閣諸島ならなおさら、であろう。軽はずみな米軍介入によって尖閣有事を米中有事に一変させるリスクをとるなど、考えれば考えるほどありえない。
日本としては、何らかの理由で尖閣有事が起きた際は、少なくとも日本の本土がミサイル攻撃を受けるくらいまでは自力で戦うくらいの覚悟が必要である。その覚悟もないのにナショナリズムに駆られて事態をエスカレートさせるのは愚の骨頂と言うべきだ。
4. それでも何が起こるかわからない
尖閣有事が万一起きた場合、米国大統領は以上のようなむずかしい判断を極めて短時間のうちに下さなければならない可能性が高い。混乱と計算間違い、誤解の類いは必至と思っておくべきだ。
フォークランド紛争では、英艦隊が現地に到着し戦闘態勢を整えるまでに約3週間の時間があった。その間にヘイグ国務長官はサッチャー首相とも会って交渉に当たり、シャトル外交と呼ばれたものだ。
尖閣有事が起きれば、日中双方とも艦船なら数日、航空機なら数時間で現場付近に集結させることができる。それどころか、海保と海警の間で衝突が発生するのとほぼ同時に自衛隊と人民解放軍が間近で対峙している可能性すらある。有事がエスカレートした場合、中国がミサイルを発射すればせいぜい十数分で日本に着弾する。米国が調停役を務めるにしても、レーガンとヘイグに許されたような「悠長な」時間はない。
極度の緊張を強いられ、時間的な余裕もない中で米国は――日本や中国も同様である――次々に決断を迫られる。しかも、戦争は日本と中国をナショナリズムの虜にしている可能性が高い。このような状況下で冷静さを保って合理的判断を下し続けることは至難の業だ。米国が日中の間を取り持つ交渉が奏功し、紛争を収拾させられる保証はどこにもない。中国と戦っている日本の領域内に米軍基地が存在する以上、米国政府の意思から離れたところで米軍と中国軍が偶発的に衝突する事態も皆無とは言えまい。
以上、尖閣有事の際の米国の対応について私なりの見立てを紹介した。これを読んで、「米国は日本を裏切ると言うのか?」と思った人もいるかもしれない。だが、米国が有事の際に日中間で調停役、仲介役を務めるなら、それはそれで立派な日米同盟の効能だと思う。
中国との間で軍事衝突が起き、それが本格的戦争にエスカレートすることは日本にとっても国益上、最も避けるべき事態だ。日本と中国が有効な意思疎通のチャンネルを持たない現状で尖閣有事が起きれば、誰かが調停役を務め紛争を沈静化させられる可能性があるのなら、むしろ歓迎すべき話である。米国が仲介すれば調停は必ずうまく行く、ということでは決してないが、今日の世界を見回した時、米国以上にふさわしい調停役は見つからない。国連はもともと頼りにならないうえ、安保理常任理事国である中国が一方の当事者である尖閣有事の場合、まったく機能しないので論外だ。
日米同盟があれば米国は必ず日本を守ってくれる――。こんなことを本気で信じるのは馬鹿げている。繰り返し述べたとおり、米国が軍事介入するか否か、軍事介入するとすればいつなのかは不確かだ。しかし、中国は常に「もしかしたら米軍が出てくるかもしれない」と警戒せざるをえない。日米同盟の過剰評価は危険だが、過小評価も愚かしい。期待値を現実的レベルまで下げ、日米同盟の等身大の価値を把握することが重要だ。
ところで、米中は過去十年以上、相互に警戒感を抱きつつもテーマによっては共同作業を積み重ね、一定の信頼関係を築いてきた。例えば、ブッシュ政権下で米中は対テロ戦争で協力し、台湾問題も水面下で調整した。オバマ政権下でも、米中が温暖化対策で協力し、パリ協定を発効させた。トランプ政権も例外ではあるまい。(既に北朝鮮問題ではトランプの中国頼みが鮮明になりつつある。)
翻って日中はどうか? ここ数年、日中双方が相手を無視する態度を常態化させ、「戦略的互恵」を事実上死語にしていることは気がかりでならない。尖閣問題や安全保障問題でなくてもよい、日中が協力できるテーマで協調の成果を出し、今のムードを変える努力を払うべきだ。軍事面を含めた中国への対抗策強化が不要と言うのではない。だが、尖閣有事は起こさないのが最善、起きたらエスカレートさせないのが次善。中国と意思疎通のパイプを持ち、面従腹背でもよいから共通利害関係を拡大することは、いずれにも役立つ。それをやらない国家戦略は欠陥品と言わざるをえない。
中国は硬に反発し、軟に乗じる。厄介な相手だが、いくら愚痴をこぼしても状況は改善しない。他国(米国)に頼るばかりでなく、もっと自分でどうにかしようと本気で考えることこそが求められている。