敵基地攻撃論の薄っぺら③~他の選択肢はどうなのか?

今、注目を集めている敵基地攻撃能力保有論が政治家のパフォーマンスとも言うべき、浅はかな議論であることは前回までに語ったとおりである。だが、敵基地攻撃能力保有論を批判するだけでは「安全保障に無責任」という誹りを免れない。北朝鮮の脅威にどう対応すればよいのか? まずは敵規定攻撃能力保有論以外に考えられる選択肢を列挙し、それぞれについて検討する。

選択肢の再点検

  1. 大規模報復能力の保有

前回までに検討した敵基地攻撃が役に立たない最大の理由は、日本側の最初の攻撃で北朝鮮のミサイル――将来的には核弾頭ミサイルを含む――を破壊し尽せないため、北朝鮮を抑止するに十分な脅威を与えられないことにある。そうであるならば、ミサイル関連以外の軍事施設に標的を拡大し、北朝鮮に「日本を攻撃したら致命的な打撃を被る」と思わせればよい、という考えも出てこようかと思う。

※ 抑止効果だけを考えれば、北朝鮮が「ソウルを火の海にする」と脅しているように日米韓も北朝鮮の都市部を狙うのが最も有効ではある。しかし、日米韓は国際人道法上の制約は受けるため、北朝鮮のような好き勝手はできない。日本の場合は改憲しない限り、憲法上の制約も無視できない。

韓国は北朝鮮を射程に入れた弾道ミサイル(玄武)を開発・配備してきた。北朝鮮が軍事境界線付近から火砲・ロケット砲でソウルを攻撃してきたら、2千発規模のミサイル攻撃によって北朝鮮の基地を無力化する算段になっている。

※ 韓国が配備している弾道ミサイルの射程は現在、800㎞まで延長されており、西日本までなら計算上は楽に攻撃できる。「日本と韓国が戦えば日本が勝つ」と思っている人が多いと思うが、必ずしもそうとは言えない。

日本も朝鮮半島を射程に入れ――当然、韓国も射程に入るから日韓の外交問題になることは必至だ――、破壊力の強いミサイルを大量に保有すればどうか。そして、居場所の掴みにくいミサイル基地(TEL)に限定することなく、北朝鮮の軍事施設(最高司令官=金正恩を含む)を攻撃できるようにすれば、北朝鮮に対する抑止力は大幅に向上するはずである。

しかし、現実問題として日本がこうした能力を持つことは(不可能とは言わないまでも)極めて困難だ。ハードルは憲法、財政、軍事技術面だけではない。

※ 日本が上記のように大量の弾道ミサイルを保有し、北朝鮮のミサイル基地以外を攻撃するためには、現在の専守防衛の憲法(または解釈)を変更しなければならない可能性が高い。この種の攻撃は「自衛のための『必要最小限』」を超えると考えられるためだ。

外交面では、日本が限定的な敵基地攻撃能力を持つことでさえ快く思わない米国は、必ず反対してくる。大規模報復能力を持つことの副作用も尋常ではない。中国や韓国とも外交問題を起こし、北朝鮮も含め、東アジアでの軍拡競争は加速する。

戦略面でも、北朝鮮が核ミサイルを持ってしまえば、いくら大規模な報復能力を持ったところで北朝鮮を抑止するには不十分だ。残された手段は日本も核武装することだが、その実現性はあまりに乏しい。

加えて、北朝鮮を徹底的に叩く能力は既に米国が備えている。世界最強の軍事力を持つ米国は、その気になれば、在日・在韓米軍基地を足場にして北朝鮮を叩きのめすことがいつでもできる。保有する核兵器の数、命中精度、破壊力も北朝鮮の持つ核兵器の比ではない。米国のこうした能力を利用するために日本は同盟の維持・強化に努めてきたのではなかったのか。

最後に、大量報復能力を持つという発想は、北朝鮮の先軍思想に惑わされて日本が「専守防衛の平和国家」という戦後の国柄を捨て、場合によっては核武装もする軍事優先国家に変わることを意味している。中にはそれを「戦後レジームからの脱却」と捉え、良しとする人もいるかもしれない。私はまっぴら御免だ。

 

2. 米国による軍事的外科手術

北朝鮮が攻撃を仕掛ける前に北朝鮮の核・ミサイル関連施設を攻撃し、破壊するものだ。トランプ政権が言及する「軍事オプション」とはこのことを意味している。

※ 実際には、軍事オプションを特出しせずに「すべての選択肢がテーブルの上にある」という言い方をすることが多い。

軍事オプションの内容については今年3月に当ブログで「アメリカ・ファーストと対北朝鮮軍事オプション」と題し、5回に分けて詳細に論じた。結果的には、限定攻撃にとどまらず、米朝全面戦争に発展する可能性が高い。

軍事的外科手術を単独で実行する能力を持つ国は米国のみである。日本や韓国には、米国に対して積極的に軍事オプションを働きかけるか、米国の方針を支持するか、反対するかの三つしか選択肢はない。緒戦段階で北朝鮮の反撃を受け、ソウルを中心に多大な犠牲をこうむる韓国にとって、米国による軍事的外科手術は悪夢以外の何ものでもない。日本にとってはどうなのか? 

※ いくら日韓が反対しても、米国が北朝鮮を攻撃すれば、両国とも否応なく巻き込まれて米国の側に立って戦うしかない。その現実をわかったうえでの議論であることは断っておく。

北朝鮮が日米韓を攻撃する切迫した兆候が見られ、外交努力も期待できないような状況になれば、米国による外科手術的攻撃に反対することは北朝鮮の攻撃を座視することと同じである。この場合は国際法的にも合法な先制攻撃と考えてよい。余程のことがない限り、日本としても米国の動きを支持し、協力するのが妥当であろう。

問題は、北朝鮮側に攻撃の明白な兆候がないにもかかわらず、米国が核ミサイルの開発・配備を阻止するために予防攻撃を行おうとした場合だ。北朝鮮がグアム近海にミサイルを発射したことへの対抗措置として米国が北を軍事攻撃するケースも含まれる。

北朝鮮が核ミサイルを配備した後であれば、日本も慎重にならざるをえない。北朝鮮が日米韓に核攻撃を仕掛けていない段階で、国際法上も合法と言えない予防攻撃を米国が行う。その結果、北が反撃して日本に核ミサイルを発射する可能性は十分にあり得る。とても認めることはできない。では、北朝鮮が核ミサイルを配備する前であれば、どうか? 日本への被害は限定的と思われるため、「大勢死ぬのはどうせ韓国人だ」と考えて米国の外科手術的攻撃を支持するのか? 

将来北が核ミサイルを配備すれば日本は致命的な脅威を受ける。それを阻止できるとすれば、日本は利己的になっても軍事オプションを支持すべきだというのが戦略的思考かもしれない。正直に言うと、私もその誘惑に幾度となく襲われた。しかし、既に中国やロシアの核ミサイルの射程に入っている日本が、北朝鮮の核ミサイル配備を止めることを理由にして、数万人ではきかないかもしれない韓国人の生命を奪うことにつながり、国際法上の正当性も疑わしい過剰防衛の試みに加担すべきだ、という結論にはどうしても辿りつけない。米軍の攻撃に北朝鮮が反撃すれば、(核ミサイルがおそらく配備されていない)現段階においても、在韓邦人が被害を受けたり、通常弾頭ミサイル等による攻撃で日本国内でも少なからぬ犠牲が出たりする可能性が高い。やはり、米国に自重を求めるのが適切であろう。

※ 本稿は北朝鮮がまだ日本列島を射程に収める核ミサイルを開発・配備していないという前提で議論している。だが、(金正恩と一握りの幹部以外の)誰にも本当のところはわからない。

日本で連日メディア報道に接していると、米国がいつ北朝鮮を攻撃してもおかしくないような雰囲気になる。しかし、常識的に考えれば、米国政府がこの選択肢を実行する(できる)可能性は極めて低い。北朝鮮が米本土に届く核ミサイルを持つことを防ぐために国際法上認められない予防攻撃を行った結果、ソウルが火の海となって数十万人規模で韓国民、在韓米国市民、在韓米軍が犠牲になるリスクを米国は一身に背負う。北の反撃が日本にも及べば、日本国民や在韓米軍も少なからぬ被害を受けることも当然だ。

※ 米国が本当に軍事オプションを実行するときには、米軍を終結させるほか、在韓・在日の米国市民、軍関係者の家族を国外退去させ、韓国でも国民を避難させる動きが出てくるはずである。今日の状況は全然そこまで行っていない。なお、そうした動きは当然金正恩たちも知るところになるため、北朝鮮の方から米軍基地やソウル、日本を先制攻撃してくる可能性も大いにある。

ただし、今日のトランプ政権は、ロシア・ゲートに加えて政権内部でゴタゴタが続き、議会対策も不手際が目立っている。政権運営に行き詰まった素人大統領が、自らの人気取りのためであったり、国民の目を内政からそらせるためであったり、戦略的な理由とは別の観点から北朝鮮攻撃という冒険に乗り出すことは絶対にないのか? 不安を完全に払拭することはできない。

現在のところ、日本政府は北朝鮮に対する圧力強化の一環としてトランプ政権の言葉遊びに付き合っているように見える。だが、水面下では米国政府にしっかり釘を刺しておくことこそ、国益を守る道だと思う。

 

3. 中国による圧力

米国トランプ政権も日本の安倍政権も、口を開けば北朝鮮の核・ミサイル開発を止めるうえで「中国」の責任を強調する。しかし、北朝鮮に対する中国の圧力強化は、決して無駄ではないものの、問題解決の「切り札」とまでは呼べない。まず、中国は日米が願うほど本気で動きそうにない。仮に動いたとしても、中国の経済的圧力によって北朝鮮が核・ミサイル開発という「金王朝の存続にかかわる決定」を覆すとは考えにくい。

確かに、(米国自身を別にすれば)中国は北朝鮮に最も大きな影響を持つ国である。中国自身も北朝鮮に対し、以前に比べればずっと厳しい態度をとるようになった。北朝鮮の核・ミサイル開発をあからさまに非難するようになったし、石油輸出・石炭輸入の停止など、(少なくとも表向きは)制裁を強化してきている。

※ 8月5日、北朝鮮の石炭、鉄鉱石、海産物等の輸出を一切禁止する国連安保理決議が中国も含む全会一致で採択された。完全に履行されるかどうかは注視しなければならないが、北朝鮮の最大の貿易相手国である中国にとって「痛み」を伴う決断であったことは認めてよい。

それでも、日米の目から見ると、中国が北朝鮮に圧力を強める動きは緩慢と言わざるをえない。中国にとって、北朝鮮の核兵器やミサイルの開発・配備は決して愉快なことではないが、少なくとも現段階では自国に対する切羽詰まった脅威とは認識されていない。一方で、北朝鮮の現体制が崩壊して韓国に併合されるようなことがあれば、「民主主義国家」兼「米国の同盟国」と陸続きで国境線を接する事態になる。中国共産党指導部にとってはこちらの方がよほど気持ち悪い。

北朝鮮があまりに急速に核・ミサイル開発を進め、米朝が軍事衝突して北朝鮮が滅亡するのは中国も困る。だから、米国を宥めるのが半分、北朝鮮を牽制するのが半分で、ある程度の制裁は実施する。しかし、北朝鮮を経済的に絞め殺すようなところまで制裁を強化し、北朝鮮の体制が倒れたのでは元も子もない。かくして、中国の北朝鮮に対する圧力はどうしても中途半端なものとならざるをえない。これが中国の「生ぬるさ」に対する一般的な説明である。

中国には別の弱みもありそうだ。北朝鮮は中国と(他国よりは)密接な関係にはあっても、決して中国の傀儡ではない。中国が北朝鮮の体制が動揺するほどの圧力をかければ、追い込まれた北朝鮮は中国に対しても何をしでかすかわからない。日本列島を射程に入れるノドン等のミサイルは、既に北京や上海を射程に入れ、米本土に届く核ミサイルが完成すれば中国全土を攻撃可能になる。もちろん、そんなことをすれば中国も黙っていないので北朝鮮は滅亡する。だが、中国の受ける「とばっちり」も十分すぎるほど大きい。別に中国に同情するつもりはないが、そう考えれば中国が及び腰になるのもわからないではない。

中国の緩慢な動きに業を煮やしたのであろう、米国政府は北朝鮮の核・ミサイル関連団体と取引のある中国企業にも自身の制裁の網を広げたり、米企業の持つ知的財産権侵害に通商法301条に基づく調査を開始したりと、中国政府に圧力をかけるべく躍起になっている。だが、トランプ大統領がツィッター上でいくら強い言葉を吐いても、米国は北朝鮮問題で中国に「お願いする立場」にある。しかも、中国は日米にとって最大の貿易・投資相手だ。中国を本気で叩けば、必ず自国経済に跳ね返ってくる。習近平指導部はトランプ政権の国内政権基盤が動揺していることも見ているはず。大国として自信をつけ、体面を重んずる中国がトランプの言う通りにしなければならないとは考えまい。今後も小出しの譲歩が続くと予想すべきであろう。

※ 日本が中国に対して影響力を発揮することはもっと期待できない。過去数年間、日中関係は「戦略的互恵関係」という言葉はすっかり死語となった。「経済関係さえ害さなければ、政治的には相互無視関係でよい」と双方が思う、醒めた雰囲気が双方で続いている。

中国によるものであれ何であれ、経済制裁によって核・ミサイル開発を断念させるという発想は、北朝鮮指導部が制裁による経済的苦境を免れることで体制を存続させたいと考えることを前提としている。だが北朝鮮の場合、今や核・ミサイル開発は体制の存続と表裏一体のものとなっており、この前提が成り立たない。

経済制裁によって国家安全保障上の決定に影響を与えることが困難であることは、何も北朝鮮に限った話でもない。戦前の日本を見よ。米国が屑鉄や鋼鉄の輸出を禁止し、さらには総輸入の8割を頼っていた米国産原油を全面禁輸したにもかかわらず、対中政策を改める――それは即ち、「国体」という名の戦前の支配体制の動揺を意味した――ことなく太平洋戦争に突き進んだ。近くは、フセイン体制下のイラクや革命後のイランも米主導の経済制裁を長く生き抜いた。

しかも、北朝鮮は核弾頭付きのICBMを開発・配備するまであと一歩というところまで来ている。金正恩たちは「さらなる経済制裁を受けたとしても、我慢しなければならない期間は限られている」と考えるに違いない。また、あの手この手で制裁破りや(麻薬取引など)非合法的交易を試みるであろうことも想像に難くない。

中国に圧力をかけて北朝鮮の核・ミサイル開発をやめさせるという選択肢には、以上のような限界がある。日米両国政府にとって、手詰まりを認めないためのアリバイ工作に似た側面を持つことも否定できない。しかしながら、この選択肢を放棄すれば、北朝鮮の核・ミサイル開発を加速することもまた事実だ。切り札ではなく、補助的手段として用い続けるということであろう。

 

4. 体制転換

1990年代から2000年代はじめにかけて、「金正日と朝鮮労働党の体制は放っておいても崩壊する」と考える人が少なくなかった。ソ連、東欧で共産主義体制が次々に崩壊し、北朝鮮ではカリスマだった金日成が死去、食糧危機の深刻化も伝えられたからだ。最近はさすがにその種の楽観論は影をひそめている。しかし、体制転換は――うまく行きさえすれば!――、様々な意味でコストが低く、都合のよい選択肢と言ってよいだろう。

北朝鮮の体制転換を人為的に実現する手段は様々ある。指導者(金正恩)を暗殺――ビン・ラディン暗殺のような特殊部隊による襲撃、有人機・無人機を使った空爆から薬物の使用まで、具体的手法は様々だ――する、軍や労働党内部からクーデターを起こさせる、経済危機や思想等を利用して「アラブの春」のように民衆を蜂起させる・・・。

※ 体制転換を実現する手段としては、外部からの武力侵攻によるものもある。2003年に米ブッシュ政権がイラクのフセイン大統領を軍事侵攻によって倒した例は記憶に新しい。父ブッシュも1989年末から90年初にかけてパナマ侵攻を行い、ノリエガ独裁を終わらせた。この種の体制転換についての議論は、既に述べた軍事的外科手術の帰結と重複するため、本節では省略する。

米国は表向き、ティラーソン国務長官が北朝鮮の体制転覆を目指さないと強調しているが、実際にはこの選択肢も真剣に検討している。中国も自らの影響力を保持したままで金正恩を排除することができるか、シミュレーションしているのはほぼ間違いない。

だが、この「意図した体制転換」という選択肢も、北朝鮮を相手に成功させるとなると一筋縄ではいかない。

最も手っ取り早く思える暗殺を実行するには、金正恩の居場所をリアルタイムで知らなければならない。北朝鮮のような閉鎖的な社会ではこれが至難の業である。しかも、金正恩を「除去」しても指導層が彼に替わる者を担ぎ、先軍政治が続くことになれば、核・ミサイル開発は継続される。しかし、北朝鮮相手の体制転換で最も大変なハードルは「失敗できない」ということだ。

何度も述べたが、北朝鮮は軍事境界線付近に配備した火砲・ロケット砲でソウルを火の海にし、日本列島(や理論上は中国主要部)に弾道ミサイルを撃ちこむ能力を今も持っている。ほどなく、米本土や日本に届く核ミサイルも保有するだろう。したがって、一回で仕留めなければ――あるいは事前に察知されたりすれば――、北朝鮮の側は金正恩暗殺や体制転換の企てを戦争とみなして大規模な報復に出ないとも限らない。最悪の場合、北朝鮮指導部がパニック状態に陥ってソウルや日本(及び在韓・在日米軍基地)を攻撃し、大規模な災禍を招くこともあり得ない話ではない。

ノリエガを拘束したパナマ侵攻、フセインを打倒したイラク戦争、カダフィ打倒のためのリビア反体制派に対する支援や軍事介入、あるいはアルカイダやイスラム国の幹部暗殺・・・。米国は過去に様々な体制転換を試みてきたが、失敗した際の副作用についてこれほど深刻に心配しなければならないケースはなかった。北朝鮮の体制転換には失敗が許されない。少なくとも、バックアップとして軍事介入と同じ備えと覚悟をしない限り、実行できないと思われる。

もう一つ、米中協力による体制転換の可能性について触れておきたい。本気で金正日体制を転換しようすれば、中国が北朝鮮内部に持つコネクションを使った方が成功率は高い。中国の手を借りなくても同国が北の後継体制について介入してくることは間違いない。体制転換を追求する場合、米国は単独よりも中国との協力を模索したいと考えるのではないか。

中国にしてみれば、金王朝が終わった後に韓国が北朝鮮を吸収するか、または北朝鮮の承継国家が親米・資本主義・自由主義国家であるという事態は見たくない。他方で米国にとっては、北朝鮮の承継国家が米本土に到達する核ミサイルを保有することだけは是が非でも避けたい。両者が妥協点を探れば、北朝鮮の現体制を転覆させた後、核ミサイルを持たない親中国の承継国家をつくることで合意するシナリオも十分にあり得る。

その意味するところは、北朝鮮の承継国家が日本を射程に収める通常弾頭ミサイルを保有し続けたり、朝鮮半島の安全保障をめぐって米中間に一種の「協商」関係が成立したりする可能性もあるということだ。体制転換が成就すれば日本も必ず枕を高くして眠れる、ということでは必ずしもない。

 

5. 外交的解決

圧力ではなく、対話によって北朝鮮の核・ミサイル開発をやめさせる(遅らせる)という選択肢である。北朝鮮に核・ミサイル開発を諦めさせるためには、経済的支援であったり、体制の保証であったり、何らかの見返りを与えなければならないのはもちろんだ。

北朝鮮に関して最も上手く行ったと考えられる外交的解決は、クリントン政権の米国と金日成が死去したばかりの北朝鮮の間で1994年10月に成立した「枠組み合意」であろう。

※ 北朝鮮は核開発を凍結して国際原子力機関(IAEA)の査察を受け入れる。その代わりに米国は北朝鮮の持つ黒鉛炉(=プルトニウムの抽出が比較的容易)を軽水炉(=プルトニウムの抽出が比較的困難)に切り替える――その建設費用は日韓が負担することになっていた――とともに石油を提供すると約束。北朝鮮に対する核兵器の不行使や米朝関係の正常化にも同意した。しかし、米側の約束履行は議会対策上の問題から遅延する一方、北朝鮮も密かに核兵器開発を継続した。その後、2003年に軽水炉の建設は中止となり、北朝鮮は2006年10月に核実験を行うに至る。

枠組み合意の下、北朝鮮の核開発を阻止するという最も野心的な目的が達されることはなかった。ただし、合意によって北朝鮮の核兵器開発を10年近く遅らせることができたと評価する声があるのも事実だ。何もしないよりはずっとよかった、というわけである。

最近では韓国の文在寅政権の高官が、北朝鮮が核・ミサイルの挑発を中止すれば、米韓合同演習や在韓米軍の戦略兵器を縮小できると言ってみたり、文大統領自身も南北軍事会談や南北赤十字会談の実施を呼びかけたりしている。米国も国務省を中心に北朝鮮との対話のドアを開けておきたい気持ちが見て取れる。中国は一貫して六者協議――中国が議長国として主導権を握れる――の再開が最も望ましいというスタンスだ。

残念ながら、現在の局面で外交的解決が功を奏する可能性は限りなくゼロに近い。我々は外交交渉を通じて金正恩体制の存続を保証したり経済援助を与えたりする代わりに、北朝鮮が核・ミサイルを放棄することを要求したい。だが北朝鮮指導部は、核・ミサイルの放棄は体制崩壊に直結すると信じて疑わない。イラクやリビアで米国に逆らった指導者たちが哀れな末路をたどったのは、核兵器とその運搬手段(ミサイル)の開発を成し遂げ、配備するまでに至らなかったためだと思い込んでいるのだ。ここに越えがたい矛盾がある。

しかも今、北朝鮮は核兵器の開発に成功し、核弾頭の数を着々と増やしつつある。核兵器のミサイル弾頭化(小型化、耐熱化等)やICBMの開発も進み、完成は比較的間近とみられている。北朝鮮指導部は、もう少しで「核による」体制保障を自力で得られる、と期待しているはずだ。この状況下でどんな好条件の経済支援や口約束の体制保証をちらつかせても、彼らが乗ってくることはない。

北朝鮮が何らかの交渉に応ずるとすれば、米本土を攻撃できる核ミサイルを開発・配備した後になるだろう。その時、北朝鮮は経済・エネルギー支援や戦争状態の終結と引き換えに、核・ミサイルの数量や管理面で多少の譲歩を見せるかもしれない。しかし、核・ミサイルの全面廃棄など我々が求める抜本的解決に北朝鮮が同意することまではとても期待できない。万一同意しても、約束は必ず破られる。

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