日米同盟と尖閣③~日中衝突の可能性は確かにある

強硬路線の結果、日中が軍事衝突すれば、両国にとってそのマイナスは明らか。常識的に考えれば、日中双方の指導者が衝突を紛争へ、戦争へとエスカレートさせる可能性は限りなくゼロに近いはずである。だが今や、エスカレーションはない、と完全に安心していられる状況にはない。

今回は触れないが、東シナ海には日中が軍事衝突に至る可能性のある、もう一つの有力シナリオもある。日中中間線付近の排他的経済水域(EEZ)での油ガス田開発をめぐっても海保と海警、自衛隊と人民解放軍が衝突するケースだ。尖閣だろうが油ガス田だろうが、日中のいずれかまたは双方が強硬路線をとった結果、軍事衝突が起きて平和と繁栄が失われるというマイナスは、実際に紛争が起きるまで目に見えない。当然、日中双方にとって普段は認識されにくい。しかも、情報化の進んだ現代とはいえ、最初に衝突が起こるのは絶海の孤島の近辺である。

第一は、自分が強硬策を採っても相手がエスカレーションさせることはない、と考える場合。第二は、国内要因で強硬策をとるよう追い込まれる場合。第三は、事件が偶発的に発生する場合。いずれも、日中の政治指導者が大局的な損得勘定を誤る方向で「力」が働く可能性がある。

まず、自分が強く出ても相手が強く出ることはない、と(間違って)期待する場合から述べる。少なくとも南シナ海と比べれば、中国側はこれまで尖閣諸島周辺で一気に事を荒立てることには慎重な態度を取ってきた。だが同時に、タカ派の安倍総理の下でさえ、少しずつ段階を踏んで進めれば、中国公船が尖閣周辺の領海を侵犯しても日本政府がそれを強制的に排除してくることはない、と狡猾に(あるいは賢明に)計算しているようでもある。2012年9月以降、今年3月までの間に延587隻の中国公船が尖閣諸島周辺の領海に侵入しているが、海保は警告を繰り返すにとどめており、南シナ海のように両者が衝突したことは一度もない。しかし、このことを以って中国側が、今後も中国公船の活動に対する日本側の「実力行使」はない、と考えるに至れば、彼らはエスカレーションを心配することなく挑発行為を強められると勘違いする可能性がある。

実際には、日本側にも黙認できないラインはある。例えば、2010年に尖閣漁船事件が起きるまでは、中国人による尖閣諸島への不法上陸は出入国管理法違反で逮捕した後、強制送還することで穏便に対処する一方、それを越えれば青天井で日本の司法プロセスに乗せるという暗黙のルールがあった模様だ。中国人船長の犯した公務執行妨害はこのラインを越えており、日本政府は当初、中国人船長の拘留を続けた。逮捕されても従来通り釈放してもらえるという一方的な思惑がはずれ、慌てた中国政府は過激な報復措置を次々にとることになった。

言うまでもなく、海警や人民解放軍が戦力的に海保や自衛隊を圧倒できる、と考えるようになった場合も、日本側は怖気づいて事態をエスカレートさせられないはずだ、と中国側が思う可能性は高まる。常識的に考えれば、ベトナムやフィリピンを相手にするのと異なり、日本は中国にとってまだまだ手ごわい。いくら軍備の近代化を進めてきたとはいえ、中国が海保や自衛隊をなめてかかる段階に至るまでには時間がかかるはずだ。ただし、上昇気流に乗っているときはやたらと強気になる輩がどこにもいる。勘違いさせないように日本も態勢強化に手を抜くわけにはいかない。ただし、中国経済が急失速でもしない限り、時間は中国の味方だ。長い目で見れば、彼我の戦力バランスが悪化することは避けられない。

現場海域で日中の公船(海保と海警)が衝突を起こすことに神経を使ってきたのは日本政府も同様である。だが、日本側が将来、尖閣諸島に建造物を構築するなど前回述べたような実効支配強化の方策を実行しても、中国側の反応はあまり過激なものにはならない、と日本政府が考える可能性はないのか――? 大きくはないがゼロではないだろう。

2010年9月に尖閣諸島付近で中国漁船の船長を逮捕して拘留を続けた時、日本政府は中国がレアアースの禁輸や中国本土で日本人会社員を拘束するなどの強硬な報復措置をとるとは予想していなかった。政治家や官僚の中にそうしたリスクを警告した者が皆無だったわけではないが、主流の見解にならなかったことは驚きである。

逆に、2012年9月に日本政府が尖閣諸島を国有化したのを受けて中国側がとった対応は2年前の措置に比べればずっと抑制的なものであった。もちろん、中国側は公船による領海侵犯と接続水域への侵入を常態化させるというボディーブローのような対応を今日に至るまで続けている。だが、「中国の反応を過小評価したい」というバイアスをかけて見れば、日本が強硬に出ても中国の報復措置は限定的なものにとどまる、という結果を導き出せないこともない。

南シナ海における中国の活動も、攻撃的と言えば攻撃的に見えるが、一定の抑制が効いていると見ることも可能だ。中国軍が武力を行使した一番最近の事例は、1998年1月にスプラトリー(南沙)諸島のジョンソン南環礁で南ベトナムに対して行ったものまで遡る。ベトナム側の被害は相当なものだったが、戦域が拡大することもなく短期間で終わった。

海上警察部門(海警、漁政等)はどうか? 過去数年間、海警など中国の公船がベトナム漁船に故意に衝突し、沈没させた事例もあった。2014年5月には、中越間の係争海域に中国側が構築した油田掘削装置を守るため、それを排除しようとしたベトナム当局の船舶に海警が高圧放水砲を使っている。だが興味深いことに、中国公船は他国の公船に対する実弾射撃は(少なくともまだ)行っていないようだ。

また、昨年3月9日にインドネシアの海洋漁業省の公船が違法操業を行った中国漁船を拿捕し、乗組員を逮捕したところ、翌日になって中国海警の公船がインドネシア公船に船体をぶつけ、中国漁船を「奪還」したという荒っぽい事件も起きている。一方、3月27日と6月18日にインドネシア海軍の艦船が中国漁船に警告射撃を行い、乗組員を逮捕した事件では、海警がインドネシア側の艦船に対して目立った抵抗を見せたという報告はない。

もちろん即断は禁物だが、上記のような事実をもとに、中国海警が海上における衝突で必ずしも常に実力を行使するわけではなく、特に他国の軍隊に対しては慎重に行動するという結論を導き出すことは――それが正しいかどうかは別にして――不可能ではない。

言うまでもなく日本は民主主義国家であり、政治指導者は常に自らの決断を国民がどう受け止めるか、に気を配る。国民の8割以上が中国に対して「親しみを感じない」と答え、ナショナリズムが徐々に強まっている今日の状況を考えると、中国に対して妥協的な判断は国民に不人気なことの方が多い。中国との間で衝突が起きた時に指導者は(たとえそれがエスカレーションを招くことになるとわかっていても)「弱腰」と映る対応をとることに躊躇の念を抱くだろう。内閣の支持率が低かったり、国内の政治的対抗勢力が勢いを持ったりしていれば、「弱い指導者」が国民の歓心を買おうとして冒険主義に出ないとも言い切れない。2012年8月に韓国の大統領が竹島に上陸したのも、親族や自身のスキャンダルまみれで支持率が低迷していた李明博の苦肉の策という側面が多分にあった。

一方、中国は共産党一党支配の国だ。しかし、選挙という政治的正当化のプロセスを経ていない分、党中央は国民が共産党支配に不満を持つことに対して(民主主義国会の指導者以上に)神経質になる。ましてや、日本には侵略と植民地支配を受けたという歴史問題があり、日本に対して妥協的な姿勢を示すことは政権の命取りになりかねない。習近平は我々にとって幸か不幸か、党内の権力基盤がしっかりしているが、それが弱い指導者は国民の前に党内のライバルの目も心配しなければならない。日中の衝突が現実になった場合、指導者を取り巻く国内要因は、妥協よりも強硬策に向けて指導者の背中を押すことになりそうだ。

最後に我々は、紛争のきっかけとなる事件は、故意にではなく偶発的に起きるか、あるいは直接の当事者ではなく部外者によって引き起こされ、指導者の意に反して拡大することがある、という歴史の教訓を忘れてはならない。偶発的事件の何が怖いのか? 起きると想定していない事件が突然起きた時、指導者は冷静な計算ができないことが往々にしてあるためだ。

尖閣に限ってみても、何度も例に出している2010年9月の漁船事件も事の発端は撥ねっかえりの中国人船長が海保の巡視船に衝突したこと――もっと言えば、尖閣周辺の領海を侵犯したこと――にあった。2012年に日本政府が断行した尖閣国有化も、もとはと言えば外交の当事者ではないはずの石原慎太郎都知事(当時)が地権者から島嶼を買い、日中が戦争に及ぶことになっても構わないから尖閣の実効支配を進めようとしたことが直接のきっかけだった。(正確に言えば、日本政府は島嶼購入のために地権者との接触をそれ以前から細々と続けていたが、話が具体化することはなかった。)

現在は中国政府が現場海域で民間人や漁船等の活動をきびしく制御しているものと思われるが、将来我々が思ってもみない方法で突発的に事件が起こり、海保と海警がぶつかることがないとは誰も言い切れない。例えば、中国漁船が海警の制止を振り切って尖閣の領海を侵犯し、違法操業を行ったとしよう。当然、海保は漁船を拿捕しようとするだろうが、今度は海警も近傍にいるはずだ。撥ねっ返りの漁船であっても目の前で海保に捕まえられては中国政府の威信は丸つぶれとなる。海警が動けば、海保との衝突は避けられない。あるいは、現場に展開する海保または海警の職員が命令を無視して相手に発砲することは絶対にないのか? 2010年当時、一人の海上保安官が国家公務員法に故意に違反する形で中国漁船の衝突映像を動画サイトに投稿した。彼を英雄視する風潮すらあったと記憶しているが、規律を誇る日本の海保でさえ、こんなことが起きてしまうのが現実である。

もしも中国側が徐々に既成事実を積み上げる形の領海侵犯であれば日本政府の反応がエスカレートすることはないと考えたり、日本側が実効支配強化の挙に出ても中国政府の対抗策には限度があると考えたりした場合、日中が本当に衝突してしまう可能性は高まる。故意であれ、偶発的であれ、現実に衝突が起きれば、両国の指導者が冷静な合理的判断に基づいてエスカレーションを回避できるかどうかはわからない。日中間に横たわる歴史問題と地政学的な問題は根深く、両国民の相手国に対する感情は悪化したままだ。しかも、安倍晋三総理と習近平主席は共にナショナリストとして知られる。衝突が起きた後、両国政府が自制を続けることは、不可能ではないにしてもそれほど容易いことではないだろう。

日中間で衝突が起きた際、エスカレーションを防ぐための万能薬などというものは存在しない。だが、互いの計算違いを防ぐために有効と考えられるのは、意思疎通のチャンネルを構築しておくことである。2001年4月、海南島付近の南シナ海上空で米中の軍用機が衝突すると一気に緊張が高まった。不測の事態が起こることに危機感を抱いた両国は、その後セカンドトラックの協議等を突破口にして公式な意思疎通メカニズムを構築するに至っている。翻って日中はどうか? 

昨年9月5日、安倍総理と習主席が杭州で首脳会談を行った際、両国の防衛当局間で海空連絡メカニズムを早期に運用開始するため、協議を加速することに合意した。だが、これまでも度々そうであったように、協議が早急に妥結する気配は見られない。日中が衝突した時にエスカレーションが起きる可能性を論じる際には、楽観を戒める要素としてこのことも付け加える必要がある。

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