敵基地攻撃論の薄っぺら④~「北朝鮮の脅威」の性格

ここまで見てきたところの結論は、敵基地攻撃能力保有は言うに及ばず、他の手段も含めて北朝鮮の核・ミサイル開発をやめさせる即効薬はない、というもの。しかし、諦めて何もしないのでは単なる敗北主義者と変わりがない。百点満点の答は存在しなくても、やるべきことはあるはずだ。ここで金正日やトランプ大統領の過激な言動の応酬から少し距離を置き、「北朝鮮の脅威とはどんなものなのか?」という原点に立ち戻るべき。道はそこから見えてくる。

「核ミサイルを持った北朝鮮」の脅威とは?

北朝鮮は2006年10月に最初の核実験を行い、少なくとも10個から20個、最近の報道では60個程度の核弾頭を保有しているとみられている。だが、いくら核兵器を開発しても、それを運ぶ運搬手段(代表的なものは航空機、潜水艦、ミサイル)がなければ他国に対して使うことはできない。その点で日米韓は北朝鮮の核の脅威を過小評価してきた。

ところが、今年に入ったあたりから北朝鮮はミサイル技術の長足の進歩を見せつけ始め、北朝鮮が近い将来、核ミサイルを米国主要部に撃ち込めるようになることは誰も否定できない状況になった。事ここに至り、北朝鮮の脅威に対する危機感は一気にヒートアップ。北朝鮮が核ミサイルを開発・配備すれば、何が変わるのか? それでも変わらないことは何なのか? もう過小評価は許されない一方で、過大評価も道を誤らせる。

 

1. 北朝鮮は日米に致命的な打撃を与える能力を持つに至る

通常弾頭のミサイルであっても、仮に米本土や日本列島に着弾すれば被害はもちろん出る。だが、死傷者は出ても、国家の存亡が危ぶまれるほどの大規模な犠牲には至らないため、戦略的には致命的な脅威とは考えないのが普通である。

核ミサイルとなれば、話は完全に変わる。ロサンゼルス、シカゴ、ニューヨークなど米本土や日本の主要都市が核攻撃を受ければ、数十万人、いやそれ以上の米国市民または日本人が生命を失う事態となる。米国や日本が受ける打撃は壊滅的と言える。戦争そのものは最終的には日米韓の勝利に終わるにしても、「勝てばよし」と言うには大きすぎる被害だ。

残念ながら、ミサイル防衛があっても核ミサイルの脅威が致命的である事実は変わらない。ミサイル防衛は百発百中ではない。また、通常弾頭ミサイルを連続発射して日本側のSM-3やPAC-3で迎撃させ、インターセプター(迎撃ミサイル)が尽きたのちに核ミサイルを撃ち込まれれば、(少なくとも現段階では)防ぎようがない。

※ 念のため、「韓国にとっての北朝鮮の脅威」について補足しておく。北朝鮮が核ミサイルを配備すれば、韓国にとっても当然、致命的な脅威になる。ただし、韓国にとって北朝鮮の脅威は、北が核ミサイルを保有しなくても、即ち過去も現在も致命的なものであり続けている。何度も述べたとおり、北朝鮮は北緯38度付近の軍事境界線付近に大量の火砲・ロケット砲を配備して久しい。ここからソウルまでの距離は40kmもない。その気になれば、北朝鮮はソウルと一部の在韓米軍基地に大量の砲弾を撃ち込み、最悪なら百万単位で韓国民を殺傷する能力を既に持っている。戦争になれば米韓軍は真っ先にこの火砲・ロケット砲を叩くが、北の火砲等は普段は地下に隠されており、破壊し尽くすのに最短でも数時間は(下手をすればもっと長く)かかる。その間に十万人程度が死んでもおかしくない。なお、ソウルには大量のシェルターも用意されているが、一般市民の避難が始まれば北朝鮮は攻撃を開始する可能性が高いため、安全は保証されない。「核ミサイルを保有する北朝鮮」は、韓国のみならず米国及び日本への脅威をも致命的なレベルに引き上げる――。この点が新しいのである。

 

2. 米朝の核戦力はパリティ(対等)に程遠い

冷戦期における米ソの核戦力はパリティ(対等)の状態にあった。米国もソ連も互いに相手を何度も消滅させられるだけの核兵器とその運搬手段(戦略爆撃機、大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射ミサイル)を持っており、最初の攻撃(第一撃)を受けても相手に壊滅的打撃を与えるのに十分な核の報復能力を双方が有していた。MADと呼ばれる相互確証破壊が成立していたのである。

これに対し、北朝鮮が核ミサイルの開発・配備に成功したとしても、米朝の核戦力及び通常兵器レベルの戦力はパリティからかけ離れている。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の推計によれば、今年1月段階で北朝鮮の保有する核弾頭の数は10~20発。最近の報道では、米国防情報局(DIA)は60個と見積もっていると言う。これに対し、米国の保有する弾頭数は6,800発で多弾頭(MIRV)化もされている。運搬手段についても、北朝鮮は基本的にはICBMのみだ。(潜水艦発射(SLBM)型も開発中ではあるが、技術的ハードルは高い。)万一米朝が核を撃ちあうことになれば、米国も数十万かそれ以上の一般市民を失うかもしれないものの、次の瞬間に北朝鮮は地上から消えている。

北朝鮮が核ミサイルを開発・配備したとしても、米朝の軍事力が対等になるわけではない。北朝鮮の目先の挑発に動揺してこの点を忘れると、北朝鮮の脅威に関する「大きな絵」を間違えることになる。

 

3. 米国の軍事的対応はより制約されるが、実質的に今と大きく変わらない

とは言え、核ミサイルを持った北朝鮮が米国にとって致命的な脅威を与えうるという事実は重い。米国は今後、北朝鮮の挑発に対して軍事的対応を今以上にとりにくくなる。北朝鮮が通常兵器や非対称戦を使って日本や韓国に限定的な挑発を行った場合、米国が日米・米韓同盟を発動して軍事的対応をとればどうなるか? 北朝鮮は米本土を核攻撃しないとは誰にも言い切れない。繰り返しになるが、勝ち負けを論じても意味がない。米国大統領(及び米軍幹部)は、北朝鮮の限定的な攻撃に軍事的対応をとらないことによって受ける批判と、米本土に核ミサイルが撃ち込まれて被る致命的損害とを天秤にかけて判断を下す。通常の大統領にとって答は明らかであろう。その限りにおいて、北朝鮮が米本土に届く核ミサイルを開発・配備すれば、日米同盟の抑止効果は間違いなく下がる。

ただし、現実問題として言えば、北朝鮮が核ミサイルを保有した後も大概の場合、米軍の対応方針が大きく変わることにはならない。米軍が北朝鮮に対して軍事的対応をとることは、今現在もきびしい制約の下にあるからだ。延坪島事件の際の米国の対応を思い出してみよう。

2010年11月23日、北朝鮮は韓国領内の延坪島に向けて約170発の砲弾を撃ち込み、韓国軍の兵士2名、民間人2名が死亡したほか、家屋にも被害が出た。だがこの時、米軍は北朝鮮を攻撃する素振りをまったく見せなかった。それどころか、韓国軍が当初行った反撃が大した効果をあげなかったので李明博大統領(当時)が北朝鮮に更なる攻撃を行おうとした際、米国政府は必死になってそれを制止している。米国の見る限り、北朝鮮側に全面対決の意図はなさそうだった。にもかかわらず、韓国の追加的攻勢で戦闘がエスカレートすれば、在韓米軍が巻き込まれる可能性があったほか、在韓米国人やソウル市民に多大な被害を生じさせる恐れなしとはしなかったためである。

では、仮に現時点で北朝鮮が(朝鮮半島では戦闘の兆候を見せないまま)日本へ散発的な攻撃を行った場合に米国はどうするか? 攻撃対象が主要都市や米軍基地等であればともかく、日本の領海や山間部にミサイルを撃ち込まれたとしても、米国は北朝鮮を攻撃することなく、様子を見る可能性が高いと思っておくべきだ。その理由は延坪島の時と基本的に同じである。米国にしてみれば、韓国と日本を分けて考える必要はない。

もちろん、北朝鮮が在日・在韓米軍基地や日韓の主要都市などを攻撃し、相当な被害が出れば、米国も黙っていられない。米軍基地への攻撃は米国に対する攻撃にほかならない。東京や大阪にミサイルが撃ち込まれても米国が何もしなければ、日米同盟は終わるし、米国は世界中の同盟国から信用を失う。また、北朝鮮がそこまでやるということは北朝鮮が対米戦争を決意したとみるのが普通だろう。

上記の行動予測は、北朝鮮が核ミサイルを保有した後であっても基本的に変わらない。日韓への散発的な軍事挑発があった場合については既に述べたとおりだ。しかし、在日・在韓米軍基地はもちろん、日韓の主要都市等が攻撃されることがあれば、米国は「北朝鮮が次は米本土への(核)攻撃を意図している」と考える可能性が高い。結果として米国は、自らのために北朝鮮を叩かなければならない。(米国は北に反撃の余裕を与えないよう戦闘を短期集中で決着させたいと考え、核兵器の使用も検討するかもしれない。)結論として、北朝鮮か核ミサイルを保有することによって日米同盟の抑止力が大きく低下する、という心配は無用である。

※ 北朝鮮が第三国やテロ組織に核兵器を拡散した場合も、米国は北朝鮮攻撃を決断する可能性がある。

 

4. 北朝鮮は「最後の瞬間」以外、核ミサイルを使えない

先に見たとおり、北朝鮮は核ミサイルを持っても、戦争になれば米国に確実に負ける。したがって、金正恩は核ミサイルを保有しても、それを使って米本土や日本に先制攻撃を仕掛けることはできない。そんなことをすれば米軍の軍事介入を招き、北朝鮮(金王朝)は確実に滅亡するからだ。

北が核兵器を使うとしたら、何らかの理由で米軍による北朝鮮攻撃が行われるか、それが不可避になった場合。あるいは指導者暗殺を含め、体制転換が試みられて未遂または失敗に終わった場合。いずれも北朝鮮の体制が危機に瀕する事態であり、米軍の攻撃力を削ぐためにグアムや在日米軍基地を叩いたり、破れかぶれで米本土を狙ったりする可能性がないとは言えない。また、何らかの理由で北朝鮮の体制が動揺し、それに伴って指揮系統が乱れた場合も危険だ。一種の事故として核ミサイル発射の命令が下される可能性も完全には排除できない。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です