敵基地攻撃論の薄っぺら⑤~除去不能でも制御可能な脅威

圧力をかけようとも、あるいは交渉をもちかけようとも、北朝鮮が核ミサイルを保有するのは時間の問題であろう。しかし、北朝鮮の脅威をゼロにすることはできなくても、それを制御していくことは十分に可能。北朝鮮の脅威に怯えて暮さなければならない、というような事態には決してならない。戦略的忍耐を持ち、地道な防衛努力と中長期的な対応を組み合わせる――。この平凡な答に我々は自信を持ってよい。

日本は「核ミサイルを持つ北朝鮮」にいかに対処すべきか? 北朝鮮の新しい脅威の性格を理解し、軍事オプションを含めた様々な選択肢の限界を受け止めたうえで導き出した答は、以下のようなものだ。

 

1. 心構えとしては「割り切り」が必要

日本人は平和ボケの裏返しで、リスクをゼロにすることが安全保障だと思っている。もちろん、リスクをゼロにできればそれが一番いい。だが、現実の世界ではそれが不可能なことの方が多い。その場合、リスクを制御できる範囲に管理することが安全保障。この割り切りを持たないと、北朝鮮の脅威に対して我々は心配で夜も寝られないことになる。

抑止論は理性的な思考を前提とする。そこから「同じく米国に届く核ミサイルを保有する中国やロシアと違い、北朝鮮(金正恩)は何をしでかすかわからないので核抑止が機能しないのではないか」という疑問が当然出てくる。しかし、北朝鮮の狂った行動も「自らの体制の存続のため」という文脈から見れば、常に合理的なものである。彼らが「我が身かわいさ」を忘れない限り、抑止は効く。北朝鮮よりもずっと大量かつ高性能な核兵器と運搬手段を持つロシアや中国に対して米国の核抑止が働いているのであれば、北朝鮮に対する抑止はそれ以上に有効なはずだ。北朝鮮の方から米国や日韓を攻撃する可能性は限りなく低いと考えてよい。

もちろん、日米同盟にも限界はある。前述のとおり、万一北朝鮮が日本領海や中山間地などにミサイルを撃ち込んだとしても、米国は余程のことがない限り北朝鮮を攻撃しない可能性が高い。しかし、日米同盟があるおかげで北朝鮮は軍事的挑発をそれ以上(都市部や自衛隊基地等に)拡大することができない。つまり、北朝鮮の脅威は、ゼロにできなくても制御可能なものにできる。その前提の下、我々は北朝鮮の脅威と同居する覚悟を持つしかない。

北朝鮮が日韓に対して極めて限定的な攻撃を仕掛けてきた時、米国が条件反射的に北朝鮮を攻撃してくれた方が常に日本や韓国のためになるのか――? このことについても我々はよくよく考えてみる必要がある。

2011年の延坪島事件の際、米軍は動かなかった。あの時、米国が米韓相互防衛条約を発動して北朝鮮を攻撃していれば、どうなったであろうか? 北朝鮮の反撃を招いて戦闘がエスカレートし、朝鮮戦争が再開していた可能性も否定できない。そうなっていたら、今頃北朝鮮は存在していないかもしれないが、ソウルを中心に数十万人もの韓国人(在韓邦人や外国人を含む)が死んだ可能性もまた高い。今後北朝鮮が核ミサイルを開発・配備すれば、日本も核攻撃を受けるかもしれない。

米軍が動けば関係国の安全が守られる、ということでは必ずしもない。数々の戦争を経験し、北朝鮮とも60年以上対峙してきた米政権及び軍の中枢はそのことをよく理解していると思う。(ただし、トランプ大統領に関してもそう言ってよいかどうかは正直、自信がない。)

 

2. 地道な防衛力整備

日本が備えるべき安全保障上の脅威は北朝鮮のみではない。政府は防衛大綱の見直しに取り組む方針のようだが、防衛政策の優先順位付けはそのことを十分に考慮して行うべきである。

ミサイル防衛(総論)

ミサイル防衛はどこまで行っても完璧ではない。巷で言われる迎撃確率は、理想的な条件の下に散発的にミサイルが発射された場合の数字だ。実戦では、攻撃側が同時多発発射や多弾頭(MIRV)化など、様々な「ミサイル防衛破り」に出るものと想定しておく必要がある。北朝鮮が限られた時間内に多数のミサイルを撃ち込んでくれば、日本側のミサイル防衛システムで対応可能な数を超えてしまう、という単純かつ根本的な問題も解消していない。

※ 念のために言うと、米軍のイージス艦(SM-3搭載)が日本を守ってくれる、という議論も割り引いて考える必要がある。有事の際には、米イージス艦はグアム、ハワイや米本土を守るために最適な位置に配置されると考えるのが常識だろう。残念ながら、そのような位置から日本列島に飛来するミサイルを迎撃することは完全に不可能である。

だがそれでも、ミサイル防衛は強化するに越したことはない。イージス艦搭載のSM-3によるミッドコース段階と地上配備PAC-3によるターミナル段階の二段構えとなっている現在のミサイル防衛を三段構えにする、という発想は一見悪くなさそうに思える。発射直後のブースト段階を狙うものや宇宙空間からの迎撃を含め、新型のミサイル防衛システムを(米国と共同で)開発することも十分検討に値するだろう。

イージス・アショア

ただし、現在政府で検討しているイージス・アショア(陸上配備型イージスシステム)の導入は大きな疑問だ。最大の問題は固定配備であること。(敢えて移動させるにしても制約が大きい。)それによって、敵ミサイルから効果的に守れる範囲が狭くなる。イージス・アショアは2基で日本列島を守れるという報道もあるようだが、それは迎撃ミサイルが物理的に届くかどうかという「射程」から見た議論であろう。敵ミサイルの迎撃可能性を高めるためには、迎撃システムをミサイル発射地点と着弾地点の線上付近に配備する必要がある。迎撃システムの位置が固定されれば、敵ミサイルの迎撃を計算できる防護対象もまた、限定される。

※ イージス・アショアをどうしても配備する場合は、守るべき都市または自衛隊基地を選定してから配備数を決めるのが筋である。

さらに、イージス・アショアは固定配備の故に「狙い打たれやすい」という脆弱性の問題を抱える。中国や北朝鮮がイージス・アショアをミサイルによる同時多発攻撃等で叩いてくればひとたまりもないだろう。(北朝鮮もミサイルの命中精度を高めてきている。)

THAAD

政府内ではTHAAD(ターミナル段階高高度地域防衛)の導入も検討されている模様だ。THAADであれば、一応は移動も可能。迎撃ミサイルの射程も200kmほどあり、PAC-3よりも長い。だが、上述のとおり、届くことと当たることは同じではない。また、THAADは本来、米軍基地などの「点」を守るため、飛来した敵ミサイルを自国の上空で迎撃するシステム。自衛隊基地を守るためであれば、1システム当たり1千億円以上かけるというのはいかにも費用対効果が悪い。ただし、将来北朝鮮が核ミサイルを実戦配備したりすれば、「首都東京を守るためにTHAADを導入すべきだ」という機運が盛り上がる可能性はあると思う。

なお、今後北朝鮮情勢をめぐって緊張がさらに高まったりした場合、在日米軍基地を守るためにTHAADを配備したい、と米国が希望してくることは十分にありえる。韓国の場合もそうだったが、その時の費用負担は米国が負って当然だ。

※ THAADがシステムの一環として備えるXバンド・レーダーは北朝鮮のみならず、中国、ロシアの軍の動きも探知可能。在日米軍は既に同レーダーを2基(青森県車力と京都府経ヶ岬)配備しているが、日本または在日米軍がTHAAD導入を決めれば、韓国の場合と同様、中国(及びロシア)との間で外交問題化する可能性もある。

敵地攻撃

敵地攻撃能力の保有について、既に述べたとおり、私は消極的だ。北朝鮮が核ミサイルを保有しようという今、中途半端な敵基地攻撃能力を持っても使える時がない。使える場面を無理やり考えれば、米朝が何らかの理由で戦争に突入した際に自衛隊が米軍と一緒に北朝鮮を叩くシナリオか? 「自国の領土・国民が被害を受けた時、日本も自前で北朝鮮に打撃を与え、溜飲を下げたい」というところだろうが、そんな自己満足のために「専守防衛」を投げ捨てるべきではない。実際に使う可能性が極めて低く、米軍単独で攻撃した方が軍事的効率も遥かに良いにもかかわらず、攻勢への誘惑に幻惑されて膨大なヒト・モノ・カネを注ぎ込む――。愚かしさが先に立つ選択だ。

既存ミサイル防衛の補強・充実

見栄っ張りの猪突猛進よりも、地味でも今すぐできること、そして費用対効果の高い対策は別にある。

まず、迎撃ミサイル(インターセプター)のストックを増やすと同時に、連続したミサイル攻撃に対処できるようシステム及び運用方法を改善すること。600発とも言われる北朝鮮のミサイルに対して、日本側のインターセプターは絶対数が不足しているうえ、一つの発射機から迎撃できるミサイルの数が非常に限られる。特に、イージス艦搭載のSM-3は各艦8発搭載で敵ミサイル1発に対して2発応射すると言われている。今のままでは、北朝鮮がミサイルを4発撃てば、イージス艦は弾切れになる計算だ。

PAC-3も、2020年度までには全28個高射隊に配備を完了する予定だが、場所に偏りがある。これから配備するのは北海道、青森が中心。時間に余裕があれば移動できるとは言え、中国、四国、近畿、北陸、南東北は穴が開いたままだ。イージス・アショアよりもこっちの対応が先であろう。

北朝鮮はミサイル発射実験を繰り返し、失敗からデータを解析して技術を進歩させている。日本も実戦を想定した迎撃実験をもう少し行ってもよい。

抗堪性向上

自衛隊の基地がミサイル攻撃を受けた場合に備え、破壊された基地の修復能力を強化することも重要だ。航空機等を地下サイロに収納して損害を防いだり、滑走路等の補修などが短時間で可能な体制を作ったりする必要がある。

国内でミサイルやテロ攻撃を受けた際の対応についても、防衛省・自衛隊に加え、警察、消防等や自治体、医療機関が一緒になって淡々と演習しておくべき。在韓邦人の避難についても同様。

サイバー攻撃

攻撃サイドの対応としては、北朝鮮の指揮命令系統を混乱させ、(可能であれば)ミサイル発射を機能不全に陥れるため、サイバー攻撃能力を高めることを追求したい。すぐに効果をあげることは期待できないかもしれないが、これから我々は核ミサイルを持った北朝鮮と長く付き合わなければならないだろう。必要な投資は今のうちからしておくべきだ。

法制面の対応

日本が武力行使を行うことのできる「敵が日本攻撃に着手した時点」とはいつなのか、という点についても、いよいよ実際的な議論が必要になってくる。これは一昨年の安保法制の時に政府、与野党ともに中途半端、うやむやに終わらせてしまった「肝」の議論。9条改正よりもこちらの方が、有事の発動や自衛隊の運用面を含め、日本の安全保障政策への実質的な影響は大きい。これについては近々、改めて議論してみたい。

 

3. 同盟等による抑止力の強化

日米同盟の運用を強化することは必要不可欠だ。基本的には従来の延長で――北朝鮮を攻撃する米軍を日本海方面で自衛隊等が後方支援する、という日米共同作戦をより実戦的なものにしたり、宇宙・サイバーでの日米協力を充実させたりする形で――着実にやればよい。

在韓邦人の退避についても、日本単独のみならず日米韓共同でより実戦的な訓練を行うべきだ。より戦闘的な演習も含め、本当は日米韓の三国で演習するのが本当は最も望ましい。ただし、北朝鮮に対して過度の圧力とならないかという懸念や険悪な対日感情から、韓国がそれに応じるかどうかは不透明。北朝鮮への対応は二国間の複雑な関係から切り離して日韓協力を進める、という政治合意が指導者間でできればよいのだが、とても楽観はできない。

※ 圧力を極大化するという観点から言えば、日米韓の共同軍事演習に何らかの形で中国を加えれば、北朝鮮の受ける衝撃は最大になる。中国は米国の主催する多国間軍事演習コブラ・ゴールドに2012年からオブザーバー参加している。今後対北朝鮮で米中協力が進めば、まったくあり得ない話ではなかろう。

同盟のパートナーである米国との関係、特にトランプ政権との付き合い方については、従来しなくて済んだ心配も必要になってくる。軍事戦略家が持つべき慎重さを持ち合わせず、政権運営も不安定なこの大統領。独りよがりな「アメリカ・ファースト」で同盟国である日本や韓国の利害を考慮せず、ブッシュとも異なるユニラテラリズムで北朝鮮との間で緊張を高めるかもしれない。また、トランプが金正恩との間で恫喝の言葉遊びを延々と繰り返すのも、安全保障上の計算に基づくと言うよりも、国内向けパフォーマンスと無邪気な自我の発散という側面の方が強い。日本にとって決して歓迎できることではない。

米朝が戦争に突入すれば、北朝鮮が滅びて核の脅威から解放されることになったとしても、日本が核攻撃によって致命的な被害を受けないとは言い切れない。日本にとってとんでもない事態だ。もちろん、一番けしからんのは金正日だが、日本に彼をコントロールする手段はない。安倍総理は「今は圧力をかけるべき時だ」と述べ、トランプに同調しているように見えるが、トランプ語録はあまりにもナイーブで危なっかしい。今日の日米関係は、日本国総理大臣の方が米国大統領よりも国家指導者としての経験が長く、外交面でも相対的に知識が豊富という珍しい状況にある。安倍総理は自らが持つ絶好の機会を自覚し、(成功するかどうかは別にして)トランプをグリップすることに努めるべきだろう。

 

4. 体制転換、制裁強化、外交交渉は「楽観せず、諦めず」

先に検討したとおり、体制転換、制裁強化、(北朝鮮が弱った状況下での)外交交渉は、北朝鮮に核ミサイルの開発・配備を断念させる短期的な効果を期待できる代物ではない。とは言え、これらを中長期的に追及することは決して悪い選択肢ではない。特に体制転換は、失敗すれば北朝鮮の暴発的攻撃を招きかねない劇薬だが、うまくいけば最も抜本的な解決策となり得る。

ただし、日本が主体的に体制転換を推進できるわけではない。日本の情報機関、警察、自衛隊が「金正恩の除去」に関わることは、法律的、組織的、能力的にまったく無理。これから準備するというのも現実味がない。朝鮮人民軍や朝鮮労働党内部からのクーデターについても、コネクションを持たない日本政府は傍観するしかない。

唯一、将来的に可能性があるとしたら、サイバー攻撃を含めた一種の思想戦で金正恩体制に対する民衆の不満を醸成することくらいか。狭義のサイバー防衛だけでなく、相手の軍事システムや社会システムを撹乱するサイバー攻撃についても研究することは、我が国の外交安全保障上、貴重な財産となる。

※ この種のサイバー対応を軌道に乗せるには相当なエネルギーを要する。一種の破壊工作のようなことをやるのだから、戦後日本の法体系に馴染みにくい。管轄する組織、人材の採用・育成等の問題も大きい。それでもやる気があるかどうかが政治に問われる。

現実に体制転換が成功するとしたら、米国や(特に)中国が主導することになる。成功確率の高い状況が生まれれば、日本も基本的には支持すべきだし、それ以外の選択はない。だからこそ、体制転換後の朝鮮半島あるいは東アジアの新秩序に発言権を確保できるよう、今のうちから米中に働きかけることが欠かせない。高次の政治レベルで中国と政治的コミュニケーションをとれる状況だけは何としても作っておきたい。中国を好きか嫌いかは、この際どうでもよい。

 

北朝鮮の新しい脅威――。一番大事なのは、浮足立たないことである。

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