前回説明した基本線はそのままでよい。ただし、最近の北朝鮮の挑発行為はやはり度を越えている。同じ量の雨でも時間をかけて降れば何でもないものが、短時間に降れば堤防の決壊を招くこともある。北朝鮮の見せる「性急さ」「荒っぽさ」により、従来考えられなかった「開戦のリスク・シナリオ」の成立する余地が――まだそれほど大きなものではないが――多少なりとも出てきたのではないか? 注意しておくに越したことはない。
度を越してきた北朝鮮の挑発
7月4日、日本海に向けてICBM「火星14」をロフテッド軌道で発射。同28日深夜にも日本海に向け、ICBMにもなる「火星12」をロフテッド軌道で発射。
8月上旬、北朝鮮国営通信がグアムに向けてミサイルを4発発射する計画を「日本の島根、広島、高知各県の上空を飛び、3356.7キロを1065秒飛翔した後、グアムから30~40キロ離れた海面に着弾する」と妙に生々しく伝えた。
8月29日、日本上空を通過する形で「火星12」を発射し、襟裳岬沖に落下させる。
9月3日、核(水爆?)実験。広島型の約10倍という凄まじい破壊力を見せつけた。しかも、実験当日の朝にわざわざ金正恩がICBMに搭載する水爆の弾頭(真偽は不明)を視察する写真を公開、ミサイルの射程延長とともに核弾頭化が進んでいることを強くアピールした。
これだけのことがわずか2カ月の間に起きている。仮に北朝鮮の言い分を額面通り受け止め、米韓軍事演習や制裁強化への対抗という側面があったのだとしても、異常なハイ・ペースだ。
北海道越えでミサイルを発射した翌日の8月30日、「今後、太平洋を目標とする弾道ミサイル発射訓練を多く行い、戦略兵器の戦力化を積極的に進めなければならない」という金正恩の言葉が伝えられた。この言葉が本当であれば、北朝鮮は今後もハイ・ペースでICBM発射や核実験を続けることになる。
太平洋を目標にするということは、ミサイルは日本列島の上空を通過――失敗されたらとんでもないことになる!――する。1998年8月以来、北朝鮮のミサイルが日本上空を通過したのは(今のところ)5回だが、今年8月29日の襟裳岬沖着水は前回の日本領空(沖縄)越えから1年半以上間隔があった。これからは遥かに高頻度で日本領空越えの弾道ミサイル実験が行われると覚悟しておかなければならない。
弾道ミサイルの実戦化には射程の延伸が欠かせない。ロフテッド軌道による発射のみならず、通常軌道で飛距離を伸ばしたICBM発射実験が行われる可能性が高い。その意味するところは、先月北朝鮮国営通信がグアム沖への発射を示唆したように、北朝鮮のミサイルが米国領土の手前の公海上に着弾する、ということである。ここに米朝開戦のリスクが生じる。
※ 日本上空を通過する弾頭ミサイル実験の頻発も大問題だが、日本の場合、法制度上の問題以上に能力の欠如から、直ちに自衛権行使という話にはならないであろう。この点については次回以降、議論するつもりである。
米国の目にどう映るか?~北のミサイル発射を「実験」ではなく「攻撃」と受け止めれば、自衛権行使も
北朝鮮の方は「自らは相手を攻撃しない」という米朝間の暗黙のルールを守るつもりなのだろう。先にグアム沖へのミサイル発射の方針を述べた際も、「グアムから30~40キロ離れた海面に着水」と明示した。領海は通常、12海里(約22.2km)と考えられているため、挑発的な物言いの中で実は「米国(グアム)の領海内には撃ちませんよ」というメッセージを込めているとも言える。しかし、そのメッセージが必ず米国に通じるとは限らない。
確かに、グアム沖合の公海上にミサイルを一度撃ち込まれるぐらいでは、米国が北朝鮮攻撃を決断する可能性は低い。しかし、それが繰り返されたらどうか? しかも、グアムという準州だけでなく、ハワイやアラスカや西海岸諸州の沖合に撃ち込まれたら?
※ ちなみに、ロシアと中国は米本土を射程に入れる核弾頭ICBMを既に保有しており、今年に入ってからもミサイル発射実験を実施している。しかし、今年3月にロシアが行った実験ではカザフスタン、中国が1月に行った実験でも同国北西部の砂漠が着弾地点だった。米国の喉元に刃を突きつけるような形ではない。また、米国も今年4月にICBMの発射実験を行っているが、着弾地点は南太平洋マーシャル諸島付近である。
北朝鮮が米国(の領土、領海)を攻撃していないつもりでグアムを含む米国領土の沖合にICBMを次々に撃ち込んだとき、米国がそれを単なる実験と受け流すかどうかは実に微妙だ。
北朝鮮の弾道ミサイルが発射された後、早期警戒衛星等が集めたデータによって軌道計算するまでの間、当該ミサイルが実戦使用されて米国領土を狙うのか、それとも単なる実験で公海上に落下するのか、米側にはわからない。北が核弾頭ICBM(米本土に届く射程、大気圏再突入時の耐熱処理等、核弾頭の小型化)を完成させた後も米国領土に向けてミサイル発射を繰り返せば、米軍は(多分ないと思っても)当該ミサイルが核弾頭を搭載していないか、発射の度に神経をすり減らさなければならない。米国大統領は言うに及ばず、米国民はそのような事態に長く耐えられるだろうか?
ここでもう一度、米朝の武力行使に関する基本線を思い出してみよう。それは「米国も北朝鮮も相手を自ら攻撃できない」ということであった。ここで重要なのは、「自ら」という部分だ。米国は、グアムであれ、ハワイであれ、米本土であれ、自国領土が攻撃されたときも北朝鮮を攻撃しない、ということではない。むしろ、躊躇なく攻撃するだろう。北朝鮮の(一時的な)反撃によってソウルが火の海になるとか、東京や大阪にミサイルが撃ち込まれるとかいうリスクを考慮して自制を働かせるのは、あくまで米国自身が攻撃されていないときの話である。
北朝鮮は核実験とICBM発射実験を繰り返し、自らも米国を攻撃できる能力を持っていると公言している。そのうえで、米国領土の目と鼻の先にミサイルを何度も撃ち込めば、米国が「北朝鮮は米国攻撃の能力と意思を持っている」と受け止め、武力行使(自衛権行使)に踏み切らないとは言い切れない。(あるいは、多少のリスクを冒しても体制転換(=金正恩の除去)に打って出る可能性も高まる。)米国は自国への攻撃に対して非常に神経質な国であり、そうした試みをする者は徹底的に叩き潰そうとする。自国の死活的利害がかかっていると思えば、国際法上認められるか否かにかかわらず、軍事行動をとることも珍しくない。
※ 国際法の一般的な考え方では、実際に攻撃を受ける前の段階であっても、相手の攻撃が切迫している場合に形式上相手を先制攻撃することは正当な自衛権行使と認められている。2003年イラク戦争のときは、サダム・フセインのイラクに米国を攻撃する能力と意図があるのか、多くの国が疑問を呈し、米国自身も国連の場では過去の安保理決議違反に武力行使の根拠を求めた。しかし、上記のケースであれば、米国が自衛権行使の正当性を主張しても法理的な批判はあまり出ない可能性がある。
※※ 米国が北朝鮮攻撃を正当化しようとする場合、自衛権行使以外の選択肢として「北朝鮮の行為を朝鮮戦争の休戦協定違反とみなして攻撃する」という離れ業もありえる。(二十年近く前、そういう議論を米国で聞いた。)
もしかしたら、北朝鮮は「核搭載ICBMの開発にほぼ成功した現在、米国はもはや北朝鮮を攻撃できない」と考えているのかもしれない。しかし、それが正しいのは、あくまで米国が攻撃を受けていない(と思っている)時の話である。米国とほぼパリティの核戦力を持っていたソ連との間でさえ、キューバ危機の際に米国は核戦争の一歩手前まで行った。北朝鮮が米本土を射程に入れた核搭載ICBMを開発・配備した後でも、米国が北朝鮮に核攻撃の意図があると認識した場合には、米国が北朝鮮攻撃を決断する可能性は十分ある。
※ 当時、米国の喉元とも言えるキューバにソ連が核ミサイル基地を建設しようとし、米国は自国の安全保障上看過できない問題と受け止めた。ケネディ大統領はソ連がミサイルを撤去しなければ核兵器の使用も検討したと言われている。
金正恩は「米国を言葉で相手してはならず、行動で見せなければならない」と述べている。金正恩が賢ければ、北朝鮮は今後の行動のペースを若干でも緩め、米国が北の核・ミサイル実験を自国への「差し迫った脅威」と受け止めるような事態を回避しようとするはずだ。しかし、北朝鮮(金正恩)の方も米韓軍事演習や制裁強化の動きを「体制への攻撃」と受け止め、なりふり構わず核ミサイルの開発・配備を加速しているのであれば、事態はもっと複雑かつ深刻になる。米国と北朝鮮の双方が相手の動きを自国への攻撃とみなすようなことになれば、「米朝双方は自ら相手を攻撃しない」という基本線は意味を失うからだ。
米朝が戦えば、金王朝は滅亡する。だが同時に、日本(及び韓国)も人的・物的・経済的に甚大な被害を受ける可能性が高い。ここから先、以上のような視点を頭の片隅に置いて米朝の動きを見ていく必要がある。