アメリカ・ファーストと対北朝鮮軍事オプション⑤~アメリカ・ファーストが軍事オプションの背中を押す?

もう一つは、トランプ政権特有の「アメリカ・ファースト」の色眼鏡を通して見た時、これまでに説明したような、対北軍事オプションを実行した場合の問題点がクリアされてしまう可能性がある、ということだ。端的に言えば、同盟国である韓国や日本に被害が出ようとも、米本土を核の脅威から守ることを優先すべき、という発想である。

3~5年後に北朝鮮のミサイルが核弾頭化される、という見通しを裏返せば、現時点で米本土に核ミサイルは届かない、ということ。今北朝鮮を攻撃すれば、ソウルや東京は火砲・ロケット砲やノドン・スカッドで攻撃されるかもしれないが、米本土は基本的には無傷で済む。在韓・在日米軍基地は攻撃対象となるだろうが、通常弾頭ミサイルによる攻撃なら被害は比較的限定されよう。だとすれば、北朝鮮による核の脅威から米本土を守ることを最優先し、北を叩くべきだ――。まさに究極の「アメリカ・ファースト」である。

このアメリカ・ファーストには続きがある。あと数年たてば北朝鮮が米本土に届く核ミサイルを実戦配備してしまう。そうなれば、米本土までが人質にとられ、軍事オプションはもうとれない。北を叩くなら、急がなければならない――。

もちろん、アメリカ・ファーストで軍事オプションを断行しようと思っても、そんなに単純な話ではない。

第一に、攻撃する以上は、イラク戦争同様の全面戦争になる可能性が高い。米側は核施設などを狙った外科手術的な限定攻撃のつもりでも、北朝鮮側は「目には目を」「やられっぱなしでは体制がもたない」など様々な理由から在日・在韓米軍基地やソウル・東京などに対して報復攻撃を仕掛ける怖れが多分にある。そうであれば、核施設への攻撃と同時かあるいはそれに先駆け、DMZ付近の北朝鮮の火砲・ロケット砲やミサイル部隊を可能な限り叩く必要がある。それでも北の兵力を根本的に無力化することは困難と思われるため、日韓はもとより、米軍も相当な犠牲を覚悟するほかない。北朝鮮が既に核兵器――ミサイル弾頭とは限らない――を保有していた場合、米韓日の被る被害が悲劇的なものになることは言うまでもない。

第二に、全面戦争であれば大規模な動員や様々な準備必要となり、事前に北朝鮮が察知する可能性が高まる。その結果、奇襲にならないどころか、北の方が機先を制して先制攻撃に出る事態――被害は当然、拡大する――を招くこともあり得る。イラク戦争の時、フセインのイラクに洋上や周辺国の基地に集結する米軍を先制攻撃する能力はなかった。一方、金正恩は少なくとも韓国・日本と両国にある米軍基地を叩く能力を既に持っている。また、米国の攻撃を牽制・抑止するため、北朝鮮は核・ミサイルの開発・配備を加速しようとするに違いない。イラクが攻撃されたのは核兵器を含む大量破壊兵器を開発・配備しようとしたからではなく、核兵器を保有できなかったためである――。金正恩はそう考えているはずだ。

第三に、同盟国である韓国と日本の同意または最低でも理解が不可欠だ。北朝鮮を攻撃する以上、日韓にある米軍基地の使用は不可欠だし、韓国軍とは共に戦うことになる。日本からも最低限兵站支援は受けたい。だが、韓国も日本も自国民の生命・財産が失われることになる米国の決断に同意するだろうか? 特に韓国の死傷者と被害は甚大なものとなりえる。(日本の被害が軽微ですむという意味ではない。)もちろん、米国の力をもってすれば日韓の同意なく開戦することもまったく不可能ではないし、いざ戦争が始まれば韓国も日本も米側につかざるを得ない。だが、アメリカ・ファーストで北朝鮮を攻撃し、その結果、多数の韓国人や日本人の生命・財産が奪われることになれば、米国が韓国や日本の恨みを買うこともまた避けられない。もちろん、日韓でそのような被害が出れば、世界経済や国際金融にとっても大きなマイナス要因となろう。

第四に、中国の反発は必至である。中国にとっても北朝鮮の核開発は困ったものだが、さりとて北朝鮮という緩衝国家がなくなって米軍基地のある韓国と直接国境を接することはもっと気持ちが悪い。最近は形骸化しているとも言われるが、中朝は表向きはまだ同盟関係にある。朝鮮戦争を思い起こすまでもなく、北朝鮮と戦う時、中国の出方は米国にとって重大関心事とならざるをえない。米中が朝鮮半島で戦うような事態は米国政府としても絶対に避けなければならない。トランプ政権が北朝鮮に対して軍事オプションを本気でとろうとする場合、戦中はもちろん戦後の朝鮮半島経営についても中国との事前調整が極めて重要な鍵を握ることになる。

 

これまでのやり方では北朝鮮の核・ミサイル開発を止められなかった、というトランプ政権の認識は基本的に間違っていない。だが、「異なるアプローチ」を採用していればうまく行ったのか、と問われても単純に答えることはできない。

確かに、1994年に北の核施設を爆撃していれば、北朝鮮の核開発は大幅に遅らせることができていただろう。その頃なら北のミサイルによる報復攻撃も日本列島へは大して及ばなかったと考えられる。しかし、その時点でソウルは砲撃を受け、数十万人以上の人命が失われていたかもしれない。一方、クリントンやその後の大統領たちが軍事オプションをとらなかった結果、北朝鮮は近い将来、米本土に届く核弾頭ミサイルを配備する見通しにまでなった。だが、米国が核戦力を含め、北朝鮮とは比較にならないほどの強大な軍事力を持っている以上、北朝鮮が米国に核を先制使用する可能性は低い。

北朝鮮の核開発を食い止めたが多数の韓国人が犠牲になった事態。北朝鮮に核保有を許しはしたが誰も死なず、今後も北の核兵器が使われる可能性は極めて低いという事態。どちらがよかったのか? 

言い方を変えてもう一度問おう。1994年に多数の韓国人の生命は奪ったが、北朝鮮の核開発を頓挫させて今日では誰も核兵器によって生命を脅かされることのない事態。同盟国の市民の犠牲は避けられたが北朝鮮の核ミサイル配備を許してしまい、偶発的事故によって核ミサイルが発射された結果、数十万人の米国市民(日本人)の生命が失われる事態。どちらがよかったのか? 

トランプ政権による北朝鮮政策の見直しは、我々にこういった問いを突き付けることになる。また、直接的な軍事オプションであれ、圧力強化の結果としての武力攻撃(偶発的なものを含む)であれ、米軍が動くときは自衛隊も動き、何よりも日本人の生命・財産が失われる可能性が高い。

どこを攻撃してよいかもわからないのに敵基地攻撃能力を語り、悦に入っている場合ではない。北朝鮮の核武装と米朝戦争という、眼前の二つの危機を見据え、日本は何をトランプ政権に伝えるのか。米国でも韓国でもない、日本の問題として議論しなければならない。私自身、まだ結論が出ていないが、この問題は引き続きフォローしようと思う。

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