日米同盟と尖閣① ~2016年8月5日の衝撃

今日、我が国の安全保障にとって最大の懸念事項は中国の動向である。中国に対し、日米同盟が死活的な重要性を持つことは言うまでもない。だが同時に、「日米同盟があれば安心だ」と胸を撫で下ろすのは、呑気を通り越して間抜けと言うべきである。昨年9月、前月に中国漁船と公船が尖閣諸島付近の領海を侵犯した事件を受け、本ブログの英語版で「中国は尖閣でレッドラインを越えつつある」と題する5回シリーズの論考を発表した。あれから半年以上がたち、世間の耳目はトランプ大統領と北朝鮮に移っている。しかし、尖閣をめぐる危機の本質は何一つ変わっていない。

今週4月6日から7日にかけ、ドナルド・トランプ大統領と習近平主席が初の首脳会談を行う予定だ。この機会を捉え、昨年の英語版ブログに若干のアップデートを加え、日本語化することにした。それによって日米同盟と中国に関する私の考えを伝えたいと思う。

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 2016年8月5日、中国漁船が尖閣諸島周辺の我が国領海に侵入、それを追う格好で中国公船(海警)も日本の領海を侵犯し、漁船の周辺を航行した。近年の中国公船等による挑発的かつ拡張主義的な活動については改めて説明するまでもない。海保のホームページを見れば、中国側による侵犯活動の継続性は一目瞭然だ。(http://www.kaiho.mlit.go.jp/mission/senkaku/senkaku.html)

率直に言って、我々はこうした中国の無軌道ぶりに慣れてしまった面がある。しかし、8月5日の領海侵犯事件は、日中間で現実に衝突が起こる可能性の高まっていることを知らしめたという意味で、特別だった。そのことを示すため、2010年9月7日に起きた、一見よく似た事件と比較してみよう。

2010年9月7日の事件では、中国漁船は単独で尖閣周辺の領海に入り、中国公船が日本の領海を侵犯することはなかった。漁船は海保の命令を無視して違法操業を続けた挙句に海保の巡視船に衝突し、酔っぱらっていたと言われる中国人船長が公務執行妨害で海保に逮捕された。その後の船長釈放の顛末はともかくとして、日本政府は尖閣諸島周辺の領海を実効支配していることを何とか証明してみせた。また、事件の発生当時、中国公船の関与はなく、事件の性格も基本的には偶発的なものと考えられた。

2016年8月5日の事件は違う。日本の領海に入った中国漁船は同国海警局の監視船に伴われていた。この事件は中国政府の故意によるものであり、計画的に起こされたと考えざるを得ない。一方で、この中国漁船が日本領海内で違法操業に及んだという情報はない。もしもそうした事実があれば漁業法違反となり、海保は海警の目の前で中国漁船を取り締まるか、見て見ぬふりをするかの選択を迫られたはずである。

日中漁業協定では、尖閣諸島北方の暫定措置水域における漁船の取り締まりは当該漁船の所属する国が行う取り決めとなっている。近年、日中双方が自国の排他的経済水域(EEZ)と主張する海域において、中国公船の乗員が中国漁船に乗り込む活動が散見される。だが、そのことが日中間で抜き差しならぬ大問題になっていないのはこのためだ。ところが、尖閣諸島周辺の日本領海は日中漁業協定上の暫定措置水域ではない。この海域で中国公船が海保に代わって中国漁船の取り締まりを行えば、日中漁業協定違反となるばかりか、尖閣諸島周辺の領土・領海・領空は日本政府のみが有効に支配しているという我が国の主張が揺るがされることになる。その結果、日米安保条約第5条の尖閣諸島への適用が当然のことでなくなる可能性すら出てきかねない。

2014年4月24日、来日したオバマ大統領は「日本の安全保障に対する米国のコミットメントは絶対的なものであり、(米国による日本防衛義務を定めたと言われる、日米安保条約の)第5条は尖閣諸島を含む日本のすべての領土をカバーする」と述べた。今年2月10日にも、安倍総理とトランプ大統領は日米安保条約第5条が尖閣諸島に適用されることを共同声明で確認したばかりだ。その大前提は、米国が尖閣諸島は「日本国の施政の下にある領域」であると認めていることにある。もしも海保が尖閣付近の領海内で中国漁船の不法行為を取り締まることができない状況が繰り返されれば、米国民は日本政府が尖閣諸島を実効支配していることを疑うようになりかねない。

昨年8月5日の領海侵犯は、中国政府が日本政府による尖閣実効支配を弱めるための布石とみなすべきであろう。中国の挑発行為がこれ以上エスカレートし、尖閣周辺の日本領海内で中国公船が漁船に対して取り締まりを行うようなことがあれば、日本側は中国が完全にレッドラインを超えたとみなすであろう。そうなれば、日本政府はダイレクトな対抗手段をとることを検討せざるをえなくなる。その結果、尖閣諸島を巡る日中の緊張はさらなるエスカレーションを招き、両国が物理的に衝突する日が近づくことになる。

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