日米同盟と尖閣④~安保条約と尖閣有事

海保と海警、または自衛隊と中国軍が尖閣諸島を巡って衝突する事態は、起こらない確率の方が高いと思う反面、潜在的にはいつ起きても不思議ではない。その時、米国はどう行動するのであろうか? 米軍が自衛隊と一緒になって中国軍と戦ってくれるのはむしろレア・ケースかもしれない。

言うまでもなく、日本と米国は日米安保条約を締結し、同盟関係にある。日本は言うに及ばず、米国政府も近年、中国に対する戦略上の懸念を隠さなくなってきている。日米の結びつきも強固だ。米軍は70年以上日本に駐留している。日米は経済面でも強く結びついており、2016年の日米貿易は約1,955億ドル(約22兆円)に達した。そして米国は、民主主義、自由、人権、法の支配などの面で中国よりも日本とより多くの価値観を共有している。「尖閣有事の際には、米国が日本を守るため、当然軍事介入してくれる」と多くの日本人が期待するのも無理はない。しかし、現実はそれほど単純なものではない。

米国政府の尖閣諸島に関する公式見解は既に定まっている。すなわち、米国政府は日米安保条約第5条が尖閣諸島を含む日本の施政の及ぶすべての領域をカバーすることを認める一方、尖閣諸島の最終的な主権を誰が持つかについてはいかなる立場も取らないというものだ。この基本線は、1996年に当時のウォルター・モンデール駐日大使が尖閣諸島をめぐって、日中が軍事衝突した場合に米軍が「自動的に介入しなければならないことはない」と述べて日本政府が猛反発した後、遅くとも2000年代初頭に確立された。米国政府は当初、この見解を国務省の報道官レベルで発していた。ところがその後、尖閣諸島周辺で中国が挑発行為を強めるにつれ、国務長官や国防大臣もそれを公言するようになる。そして2014年4月にはバラク・オバマ大統領、今年2月にはドナルド・トランプ大統領が日米共同声明に同様の趣旨を明記したうえ、尖閣諸島に対する日本の施政を損なおうとする一方的な行動にも反対すると付け加えた。

予見しうる将来、米国は安保条約が尖閣諸島をカバーすると言い続けるであろう。米国にはそうすべき理由が少なくとも四つある。

第一に、米国自身が尖閣の施政権に絡んでいるという歴史的経緯がある。第二次世界大戦後、沖縄が米国の統治下にあった時の区域には尖閣諸島も含まれていた。1972年に沖縄返還が果たされた際、尖閣諸島の施政権も日本に返還されている。四十年近く使われていないが、久場島、大正島は今も米軍の射爆場に設定されている。

第二に、もしも米国政府が「日米安保条約は尖閣諸島をカバーしない」と言えば、日本は米国との同盟に価値を見出さなくなる。そうなれば、米軍の世界展開のプラットフォームとなっている在日米軍基地を格安で使える現状を維持できなくなり、長年の自衛隊との協力関係も失われかねない。

第三に、米国政府が安保条約の尖閣適用について曖昧な立場をとれば、他の米国の同盟国も米国は中国に対して「怯んだ」と受け止めるであろう。その結果、米国が世界中で保持している同盟の信頼性に大きな傷がつくことになる。

最後に、米国が現在の立場を変えるようなことがあれば、中国政府は「中国が尖閣を力ずくで奪っても米国は黙認する」という意味に解釈する可能性がある。1950年1月、ディーン・アチソン国務長官が米国の防衛線について演説を行った時、朝鮮半島に触れなかった。それを金日成主席は、北朝鮮が南進しても米国は軍事介入しない、と受け取ったと言われる。紛争を助長する可能性のあるシグナルを発することは避けなければならない。

日本政府は米政府が安保条約の尖閣適用を明言していることを歓迎し、高く評価している。私も同じだ。そのうえで言うのだが、安保条約第5条の尖閣適用ということの意味はよくよく吟味する必要がある。結論を先に言うと、米国は尖閣諸島を守るために中国と自動的に戦うわけではない。かつてのモンデール発言も、内容的な誤りではなく、政治的な過ちによって問題になった、というのが真実である。もう少し詳しく説明しよう。

国際政治の常識に基づいて考えれば、日米安保が尖閣諸島に適用される結果、米国が何をしなければならないかについての解釈は、時の米政権がどのような政治的計算を行うかで決まる。

日本人の思い込みを排して言えば、米国にとって中国は、少なくとも日本と同じくらいに重要な国である。2016年の米中貿易は約5,785億ドル(約64兆円)で対日貿易のほぼ3倍。外交及び戦略面でも、北朝鮮問題を含め、中国の協力がなければ事はうまく運ばない。中国が国連安保理常任理事国として拒否権を持っていることは言うまでもない。過激な言辞にもかかわらず、トランプ大統領は中国を必要としている――。これが現実だ。

しかも、中国の軍事力は、もはや戦うには強大になりすぎている。今、米中が戦えば最終的には米国が勝つだろう。しかし、人的被害と経済的損失はイラクやアフガニスタンを相手にした戦争とは比較にならない。

米国はお人よしの国ではない。このような現実を無視して、絶海の孤島――大半の米国人はそう思っているか、その存在すら知らない――のために米兵の命と巨額の貿易・投資を進んで犠牲にしたがる大統領はいない。

日米安保条約の条文も曖昧で、米国政府が様々な解釈を行う余地を十分に残している。米国の日本防衛義務を定めたとされる第5条はその核心を次のように記す。

各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する。

この条文の意味するところを理解するため、三つの問いに答えてみたい。

問1: 尖閣諸島は「日本国の施政の下にある領域」と考えられるのか? 

答はもちろんイエスである。既に述べたとおり、日本政府だけでなく米国政府も繰り返しそのことは確認している。ただし、その大前提としてあるのは、日本が尖閣諸島を実効支配しているという現実だ。中国が日本の実効支配を揺るがすような事態が常時起きれば、米国内で「尖閣は日本の施政下にある、だから安保条約が適用される」というロジックに疑問の声があがるだろう。私が昨年8月5日の中国公船と漁船の領海侵犯に警鐘を鳴らしたのは、あと一段階進んで尖閣周辺の領海内で中国公船が中国漁船を取り締まるようなことがあれば、まさしく日本の実効支配に風穴が開くからにほかならない。

問2: 条約で言う「武力攻撃」とは何か? 

もしも中国海軍が尖閣諸島に押し寄せ、自衛隊とぶつかれば、それが日本に対する武力攻撃であることに疑いの余地はない。

だが、中国の海警が尖閣周辺の日本領海内で海保の巡視船と衝突した場合はどうか? 海警が人民解放軍とつながりを持つことはよく知られているが、それでも海警は海上警察であり、軍隊とはみなされない。海警が領海侵犯すれば、日本の海上警察である海保が一義的に対応する。両者が衝突すれば、進路妨害、衝突、高圧放水、警告射撃などの応酬になると予想される。死者が出る可能性も十分あるが、基本的にはこれらを以って武力攻撃とは言えない。海保と海警が実弾による危害射撃を行い、それが突発的、一時的なものでなく相当な時間にわたって続いた場合にはじめて、米国政府もそれを条約上の武力攻撃と認める可能性が出てくる。

事態がさらにエスカレートすれば、自衛隊と人民解放軍が衝突する可能性も完全には排除されない。日本政府は事態の緊急度に応じて自衛隊に「海上警備行動」、「治安出動」、「防衛出動」を命令することになる。法律上、前二者は警察行動である。日本への武力攻撃に対応し、自衛隊に武力行使が認められるのは防衛出動だ。ここまで来れば、米国政府も日本に対する武力攻撃を認めるはずだが、それでも100%確実ではない。

例えば、何らかの事情で日本側が先に手を出すことになった場合には、米国が安保条約の適用を拒むことも考えられる。冷戦期、米政府内では「朝鮮半島で韓国軍が自ら『北進』した場合も米国は韓国を防衛する義務を負うのか」という議論があった模様だ。第一次世界大戦が勃発した際、イタリアはドイツ、オーストリア=ハンガリーと三国同盟を結んでいたにもかかわらず、戦争がオーストリア=ハンガリー側から引き起こされた攻撃的なものであることを理由に参戦を拒んだ。(それどころか、イタリアは後にドイツ、オーストリア=ハンガリーに宣戦布告している。)

問3: 「自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動する」とはいかなる行動を指しているのか? 

日本の場合は単純だ。国会承認を含めた法的手続きを経て自衛隊に防衛出動を下令することと考えてよかろう。

米国の場合、軍を動かす手続きと憲法の関係は必ずしも確立していない。大統領が議会の承認を得ずに戦争を開始できるか否かについては米国内でも見解が分かれている。2003年9月、オバマ大統領は化学兵器を使用したシリアを攻撃しようとしたが、議会の承認を得られずに断念した。その一方で、トランプ大統領は先週、議会の同意をとらずにシリアをミサイル攻撃している。いずれにせよ、単発の空爆やミサイル攻撃と違い、中国と戦うために米軍を派遣するのであれば、戦闘の規模と期間、被害想定も段違いに大きくなる。議会と米国民の(政治的な)支持が得られなければ、大統領が中国との開戦を決意することは現実的ではないと思われる。

さらに問題なのは、安保条約第5条が「共通の危険に対処するように行動する」という文言。「軍事的に防衛する」とは一言も書いていない。一方、NATOの根拠条約である北大西洋条約第5条は「個別的または集団的自衛権を行使して、北大西洋地域の安全を回復しかつ維持するためにその必要と認める行動(兵力の使用を含む。)を、個別的に及び他の締約国と共同して直ちにとる」と定めている。こちらは軍事的対応が想定されていることが明らかである。

日米安保の場合は、米軍が駆けつけて日本(尖閣)防衛のために戦ってくれるかもしれないし、日本を外交的に支持するだけかもしれない。それを決めるのは米国政府の政治判断だ。

以下に示すのは、私が論理的に推測してみた選択肢の例である。原則として、下に行くほど強力な対応となる。これらの組み合わせとなることも十分ありえる。

  • 日本と中国の間で仲裁役を買って出る。
  • 日本を支持し、中国を非難する声明を発する。
  • 日本非難・中国支持の国連安保理決議案に対して拒否権を行使。
  • 中国非難・日本支持の決議案を提出。(中国の拒否権にあうので採択されない。)
  • 空母の増派を含め、在日米軍のプレゼンスを増強。
  • 米中政府間交流の制限など、中国に対して軽度の制裁を科す。
  • 中国軍の動向に関するインテリジェンスを自衛隊に提供。
  • 貿易投資の一部制限など、中国に対して比較的軽微な経済制裁を科す。
  • 貿易制限の拡大、中国金融機関のドル決済禁止など、包括的な対中制裁を科す。
  • 自衛隊による在日米軍基地等の使用を許可。
  • 在日米軍が日本領土内で自衛隊に対して後方支援を実施。
  • 東シナ海で米軍が人民解放軍と戦闘に入る。
  • 中国大陸を含め、広範な戦域で米軍が人民解放軍を戦う。事実上、米中全面戦争を意味する。

ここでもう一度、先に見た日米安保条約第5条の曖昧な規定を思い出してほしい。米国はリストの下の方にある軍事オプションをとることももちろん可能だが、そうしなくても「自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動」したと主張することは十分に可能である。

将来、事が起こってから慌てないためにも、その前の段階で計算違いを起こさないためにも、我々は尖閣有事が起きた時に米国政府が取る可能性のある選択肢について、今のうちから冷静に検討しておいた方がよい。

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